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『いらっしゃい!君たちが第一号のお客さんだよっ!!』
『久しぶりだな!』
店で出迎えたのは、檜と同い年くらいの男。
『そちらのお嬢さんか?』
『ああ、瑠維だ。瑠維、こいつは俺の親友、緑川俊介。』
『は、はじめまして。』
『檜から嫌と云うほど話は聞いてるよっ。話の通り、可愛らしいじゃないか』
俊介の言葉に頬を赤くする瑠維。
『え、ほんと?』
『いやぁ、だってな~。』
俊介は檜を横目で見て言う。
『檜の口から女の話なんて滅多に聴いたことなかったんだから。それが急にどうした?どこでこんな可愛い子を攫って来たんだ??』
『おい、ストップ。その話は止せって。第一、変な解釈を入れるな』
『恥ずかしがんなよ、お嬢さんも知りたいだろ?』
コクン、頷く瑠維。
『え、あ、ちょ瑠維っ。』
こんなに困った顔をする彼は初めてで。
瑠維はちょっぴり嬉しくなって。
『まあ、立ちっぱなしもなんだから、其処に座って。』
示されたのはカウンターの一番端。
店内が見渡せる一番奥の席だ。
『檜ってのは羨ましいくらいモテるってのに、告白してきた女の子を端から振って行くような薄情者なんだよ。そのうちの1人くらい俺に紹介しろってんだ。』
言いながら、御手拭きと御冷を差し出す。
俊介が話している間、檜は諦めたかのように押し黙っている。
『で、そんな男の口から女の話が出て来たってだけでも驚いた。しかもそれが・・・』
『うるせー。』
『だってよー、誰だって驚くだろ。第一、』
ヒソヒソと、俊介は声のトーンを数段階落として言った。
『檜、あの厳しい御袋さんには話したのか?』
『…話した。』
『わお。』
『?』
話の流れに瑠維は付いていけない。
檜の親に関しての話も今、初めて聞くくらいなのだから。
『親父さんはあんまりそういうことを気にしないタイプの人だろ?自身が結構なプレイボーイだって話だし。』
『ああ、親父は文句ねえだろうよ。あの人は見た目が全てだと思っている様な男だ。性格は演技でどうにかしろって言うだろうよ。』
『うわ・・・まあ、そう言うだろうな。』
俊介は檜の両親についても詳しい。
親友、であると同時に幼馴染。
檜よりも一足早く同じ大学の経営学部を卒業し、はやくも自分の店を持ってしまった。
『ああ、社交場で恥をかかなければ問題ないって考えなんだよ。俺の親父は。』
瑠維は黙って話を聞く。
檜の口から直接語られる家族について。
二度と忘れない様に、心に刻みつけるかのように。
『だが、御袋は違う。家柄と聡明さが必要だと思ってる。』
『『聡明さ?』』
檜の話を聞いていた2人が口を合わせる。
そして、先に口を開いたのは瑠維だ。
『良い家の娘ってさ、皆賢くないの?』
『そうとも限らねえ。親のコネで良い所に就職、もしくは親の会社に行けば良いと思ってる連中は勉強なんかしてねえんだ。』
『檜の御袋さんはそうとう努力家で勉強熱心だもんな…。なにもしてない人間は皆大っ嫌い、だろ?』
『・・・ああ。』
檜は御冷に手を付ける。
『何か食べれる物だせ。腹減った。』
『坊ちゃまの仰せの通りに。へーへー。』
『その態度止めろよ…。どうした、瑠維?』
『…なんでもない』
そう答えた瑠維を見た檜の目がすぅっと細くなる。
信じていない証拠だ。
だから、瑠維は目を合わせない。
『何?』
『いや、なんでもないのなら・・・』
彼の口から家族について瑠維に語られたのは、後にも先にも、この時だけだった。