7-3
新たに踏み出した外の世界、就職先でもやはり知らないことで溢れていた。といっても、知っていることの方が少ない。
ついこの間、学生の身分を離れたばかりなのだ。仕方がないのだが、それが瑠維には許せないことだった。
「で、それでちょっと怒ってるってか」
「怒ってはいませんよ。でも、・・・あ、俊介さん、改めて自己紹介しておきますね。」
「おいおい瑠維ちゃん。なんだよ改まって」
瑠維が愚痴をこぼしている相手は、いつもの店主。
そして、彼女が座っている席は何年たっても変わらず、彼女の指定席となっていた。
彼女の為だけに店主が誰も座らせていなかったのだから当然なのだが。
以前に来た時よりも幾分かは機嫌が良さそうな彼女は目は冷たいままで口元に笑みを浮かべる。
「藤咲瑠維です」
「…はあ?」
俊介にしては珍しく、語尾を上げた間延びした声。
意味が分からない、と言いたいのが良く分かる。
「本当はとっくの昔に藤咲の家に養子に入ってたんですけど、大学院卒業と同時にちゃんと戸籍通りに名乗ることにしたんです。」
「…はぁ」
今度は語尾が下がっている。
「だから皆は結婚したのかとか言われますけど違うんで。…ずっと彼氏もいませんでしたから」
瑠維は酔っているのか。
いつもより饒舌だ、と思われる。
再会して少し経っていたが、今でも彼女の事が分からないのが店主の正直なところだ。
「まあ、作る気も無いし、理想が高いんですよ。・・・僕には、彼しかいないんです、昔も今もこれからも」
「そうか…」
その言葉は俊介にとっては複雑だ。
幼くも美しい彼女が、一生を今は亡き親友に捧げると思うと。
嬉しい様な、悲しい様な。
「そんな顔をしないでください。今、毎日が充実してはいるんで」
それに、あんな物まで受け取ってしまいましたから。
気丈にふるまってはいるが、複雑な心境なのだろう。
目を伏せて言う姿は嘘を吐いているようには思えないが、心底そう思っている様にも見えない。
13年ぶりの再会を果たして以来、彼女が此処に来るのは決まって何かあった時だけなのだ。
「それじゃあ、どうしてそんな顔をするの」
しまった、とでも言うかのように見開かれる瞳。
でも、すぐに調子を取り戻す。
「僕の話はいいので、俊介さんの話を聞かせて下さいよ。」
「話?」
「結婚式、呼ばれてないんですけど」
今度は俊介が顔をしかめる番だった。