6-2
桜の花が散った頃、不意に開けられた研究室の扉。
いきなり、見知らぬ学生が入ってきたものだから中の皆は驚いたのだろう。
何せ、ここは医学部のとある研究室。
『はじめまして、』
この場に居ることがさも当然のことかの様に堂々と入ってきた彼女に注目が集まる。
そのような視線を気にも留めず、ハイヒールをツカツカとならし教授の座る椅子の前へと真っ直ぐ歩を進める。
そして、名乗りもせず、いきなり話し始めた。
『貴方は13年前に亡くなった此処の院生。彼・・・藤咲檜について何か覚えていらっしゃいますか。』
『・・・ああ、彼の事はよく覚えているよ。』
いきなり現れた学生に、50歳代にみえる教授は物腰柔らかに答える。
そんなこの男性は、とある研究で早くにこの大学での地位を築き上げた凄い先生。
『研究内容についても?』
『ああ、何て言ったって、彼の研究は面白いものだったからね。・・・でも、彼の頭脳と行動力が無い今、その研究は止まっていてね。惜しいよ、本当に。』
彼を惜しむ言葉が欲しいのではない。
そんな事を思っているとは周囲に思わせないくらい、表情のない顔で学生は話を続ける。
『教授、ワタシがその研究の続きをする、と言ったらどうなさります?』
研究室に緊張が走った。
皆がその提案を口にしては潰された。あるいは、許可が下りなかったのだろう。
『あれをあのまま放っておくのは勿体ない、教授はそう考えておられるのではありませんか。』
『・・君は、一体、何者かね。』
裏表のない温厚そうな教授の眉間に少しだけ皺が寄る。
『申し訳ありません、申し遅れました。』
学生は姿勢をただし、教授と向き合う。
その真っ直ぐな姿勢と眼差しは、教授にとって、亡き藤咲と重なる。
『理学部生物学科、3年の風見瑠維といいます。』
周囲にざわめきが。
三年であれば、卒業研究に手をつける時期だ。
しかし、学部を超える事はまずない。
『理学部の学生がである君がどうして?』
『彼のやり残した事の清算を。それが・・・』
瑠維は一旦言葉を切り、教授に向かって表情を崩して言う。
『残されたワタシに出来る、唯一の事。』
『風見くん、君は・・・っ。』
教授は目を見張り、瑠維をまじまじと見た。
そして、少し笑んで言う。
『・・・わかったよ。私は海東守だ。よろしく頼むよ。』
再びざわめきが起こる。
しかし、海東教授はそのような事は気にせず、椅子から立ち上がり、瑠維にだけ聴こえる声で続けた。
『・・・藤咲のお嫁さん。』
その言葉に、瑠維は周囲に妖艶だと言われる笑みで答えた。