5-1
彼の死後、僕は彼のお母さんに拾われた。
だから、そのまま、彼と過ごした部屋に1人で暮らしている。
寂しかった。
でも、そんなこと、口が裂けても言う資格など無い。
彼と出会っていない人生を考えたら、比較すれば、これは幸せなのだ。
だって、彼からは沢山の夢と希望、そして、受け取れないほどの愛情を貰ったから。
そんな生活の中で、ある一室には立ち入らなかった。
それは彼の部屋。
彼の部屋の物には一切触らないでいた。
だって、彼の部屋だから。
触れた瞬間、彼の帰るところが消える気がして。
そんなある日、彼のお母さんに呼び出された。
大学も決まり、入学後に向けて勉強中のことだった。
とあるビルの一階にあるカフェ。
待ち人はすぐに来た。
その姿を認めて立ち上がる。
『お久しぶりです。』
彼の死後、初めて対峙する。
『元気そうで何より。何か食べる?』
優しそうな、そんな女性。
若く見える彼女が彼の母親。
『…それより、本題に入りましょ。座って。』
言われて、再び席に着く。
彼女は忙しい身。
なぜなら、彼が、本来ならあづさお姉さんが、継ぐ予定だった会社の社長だから。
因みに、彼の父親はもう一方、元々彼が継ぐ予定であった方、の会社の社長。
『これを渡す時が来ました。』
そう言って差し出された一通の手紙。
それを受け取り、宛先と差出人を見る。
驚いた。
『貴女があの子と同じ大学へ進学することがあれば渡してほしいと言われていたの。』
風見瑠維様。
藤咲檜。
『ほんと、不思議な子…。』
走り書きされてはいるが、読みやすい綺麗な字。
『今、私はあの子が残した言葉の通りのことを貴女にしています。もし、あの子よりもいい人に出会えたときは遠慮せずに言いなさい。藤咲は貴女の前から消えるから。』
『開けても』
『どうぞ。それは貴女のものだから。』
話を遮るように訪ね、丁寧に開封する。
そこに書かれていたことは、要約すると、彼の研究について。
その後、真っ直ぐ家に戻り、もう一度手紙を読み返した。
瑠維のことだから俺の部屋を触っていないと思う
でも見てほしい
本棚の一段目、右端に俺の書きかけの論文があるから
気が向いたら見て
これだけだった。
初めてもらった、彼からの手紙の内容は。