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『いらっしゃい、って相変わらず仲が良いな~。羨ましい、羨ましい。』
『嘘を吐くの、大概にいろよ。瑠維、やっぱり、こいつの言う事は信じるんじゃねえぞ。』
『どうして?』
瑠維はキョトンと檜に問い返す。
『自分もアイツと仲良くやってる、ってことだ。』
『だから嘘吐き?』
『ああ』
『2人とも酷いな・・・』
俊介は眉をひそめて言うが、口にしたほどにはそのように感じていないようだ。
『俊介・・・・・・結婚、しねえの?』
『『結婚!?』』
檜が何気なく言った一言に、なぜか瑠維までもが過剰なまでに反応する。
『・・・って、誰と?』
『あれ、瑠維ちゃんは知らなかったっけ?知らないなら、知る必要はないよ。』
そう言う俊介に檜は間髪入れずに言葉を挟む。
『この前に会ったあづさと俊介は婚約までしてんの。』
『そうだったんだ…。』
眼をキラキラさせて見られた俊介は、瑠維に嘘をつき通すことなど出来なくて。
『こっちの親は勿論、あっちの親にも挨拶に行ってなくってさ・・・。』
『早く行けよ。もう大丈夫だろ。』
『でもさ・・・』
『許婚との婚約を解消させといて今更なんだよ。』
檜の言葉に、俊介は目を丸くさせる。
『どうして知ってるんだ?』
『・・・あづさから聞いてなかったのか?』
『ええ、言ってないから俊介は知らないわよ。』
『あ、お姉さん』
『瑠維ちゃんじゃないの、相変わらず可愛いわ!』
そう言いながら瑠維に抱きつきカメラを片手に持つあづさに俊介と檜は驚く。
店の扉はきっちりと閉められているので、開けて閉めたと云う事だが、その音さえも気が付かなかった。
『それより、なんだよ。どうしてその事を檜が知ってるんだ?』
いつまでも驚いている事を止め、俊介は檜と向き合う。
『俺とあづさは、』
『従兄妹よ。』
そうなんだ、と余り驚いていない瑠維。
驚きのあまり、口を開閉させるだけで声が出ない俊介。
『ま、言ってなかったから俊介がこうなるのも仕方がないわね…。』
まるで、憐れむかのようにあづさは俊介を見る。
『…だから、檜はあづさについて俺より知ってたりするのかよ・・・なんか悔しいな。』
『俺より、は言いすぎだろ。ちゃんと言葉を選べ。』
『婚約者の存在なんて、俺はあづさからじゃなくて檜から聞いたんだからな。瑠維ちゃん、これって酷い話だろ?』
どんどん弱気になって行く俊介を、もはや2人は気遣う事を止めた中、話しかけられた瑠維はそうにはいかなかった。
俊介に向かって問いかけてみる。
『でも、教えてもらってなかったら、今頃どうなっていたの?』
『それは…』
ちらり、と俊介はあづさを見る。
非の打ちどころがない彼女。
才色兼備とは彼女のための言葉だと、俊介は初めて会った日に思ったものだ。
『そんなの答えは簡単。』
あづさは俊介を見ずに答える。
『今頃、美津濃の会社を存続させるために何処の誰かも知らない人と結婚させられていたはずよ。』
嫌そうでもなく、かといって、嬉しそうでもなく。
さらりと言ってのけたあづさに俊介は驚愕。
『おい、あづさ。』
『檜みたいに、』
口を挟む俊介を無視し、あづさは続ける。
『男だったらそんなことは無かったでしょうね。でも、女だから…。美津濃の家は男系家族。女が家を継ぐなんてことは今までなかった。』
口早に話すあづさの声に、感情は籠っていない。
檜は、黙ってコップに口をつけた。
それをあづさは優しい眼差しで見る。
『檜のおかげでしょうね…。こうしていられるのも、全部。』
『今更だろ。』
あっけらかんと答えた檜にあづさは微笑む。
この2人は、誰がどういう風に見てもお似合いだ。
『あづさは許婚の事を心底嫌ってたみたいだし。』
『そうね、許婚だった人は本当に馬鹿だったんだから・・。』
『ははっ・・・俺はあづさも俊介も好きだから、2人に‘ロミオとジュリエット’になってほしくなかった。』
ロミオとジュリエット。
敵対する家の息子と娘が恋に落ち、家に刃向い結ばれようとする話。
『ま、俊介はロミオじゃねえけど。』
『おい、檜。良い話だと思ったらソレはねえだろ。』
『いいじゃない、事実なんだから。ね、瑠維ちゃん。』
『え、あ、はい。』
いきなり話を振られて瑠維は戸惑う。
『ちょっと、瑠維ちゃんは俺の味方になってくれよ・・・』
そう言いながらも、どこか嬉しそうな俊介。
瑠維にとって、3人の会話は眩しい。
近くに居るのに何処か遠く。
なにか、別の世界の話しのようにさえ聞こえてくるから不思議だ。
『思ったけどさ。俊介っていつも客に料理持ってくるのが遅くないか?』
『それは檜に対してだけだよ。つい会話が弾むもんだから。』
そう言いながら奥へと引っ込んだ俊介。それを追うあづさ。
この2人もまた、お似合いなのだ。
店内には、檜と瑠維の2人だけになった。。
『そういえば、瑠維。どうしようか?』
何が何を、が抜けているが瑠維には檜の言わんとしている事が正確に分かった。
此処に来たのはその話、瑠維の卒業祝いについての話、をするためだった。
『・・・あのね、』
真っ赤になりながら、瑠維は檜に顔を近づけて耳元で呟く。
檜にだけ、聴こえるように。
『・・・わかった。』
この、この答えが欲しかったんだ。
ずっと、ずっと、焦がれていたその答えをもらえる事を。
『瑠維』
そう言った檜の顔が瑠維に近づく。
そして、キスされた。
『・・・』
瑠維が驚いて見ると、そこには檜の笑う顔。
『泣いてんじゃねえよ』
優しく言う彼の顔は、今も瑠維のまぶたの裏に焼き付いて離れない。