↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

【顔ヨシ頭ヨシ一途男子・青春ジレ恋】三月に伝えない恋

作者: ソーセージ
掲載日:2026/09/06

このお話は、続きも含めて連載「硬派な早瀬くんの不器用な恋の一年」として公開しています!

https://ncode.syosetu.com/n0551my/

こちらで読んでいただけると嬉しいです(#^^#)!

その小さな影は、うつむいたまま、

俺の隣を通り過ぎる。    


「小楠(おぐす)さん。」


「えっ!」


振り返った小楠さんは、訝しそうに俺を見る。


「あ、俺、YNにいた早瀬だけど……」


「あ、ああ……」


記憶のカードをめくった様子の小楠さんは、

俺が誰か分からなかったことを隠すように、急いで笑い掛ける。


「いつもYNテスト一番だったよねぇ――」


ここまで言って戸惑ったように呟く。


「お祝い会、もう終わった感じ?」


「あ、いや、まだ普通にやってる。俺は抜けてきただけで……」


「早瀬君は合格したよね?」


「おう、まあ……」


既に小楠さんが落ちたことを知っていることを言うべきかどうか、

信号のように点滅する。


「私、落ちちゃったから――ハハ、すごいね、早瀬君。」


これ以上小楠さんを喋らせたくなかった。


「運でしょ。

――小楠さん、今から行く感じ?」


「うん、挨拶かな。」


「棚橋?」


小楠さんは、28点の答案を折り畳んだ時のように、何も気にしないような笑顔を浮かべた。


「うん、小川先生と棚橋先生。」


きっちり棚橋を二番目に置く小楠さん。


俺の瞼に、入籍報告をする棚橋の照れ臭そうな顔とその薬指が浮かんで来る。


小楠さんは、何をしに、行くのだろう――

合格した友人たちが笑い興じる、その場所に――


「俺も戻るわ。」


「忘れ物?」


俺は予備校に向かって歩き始める。

一瞬遅れて、ちょっと小走りで小楠さんが追いつく。

スラリとしているから気付かなかったが、それほど背が高くないのだなと思う。


「いや、小川と棚橋に声掛けせずに出たから――」


「そうなんだ。」


小楠さんは、深く追求せずに、当たり障りのない返答をする。


「俺は、すぐ帰るし。」


小楠さんの邪魔はしないと暗に言ってみる。

小楠さんは軽く「そうなんだ。」と答える。


――存在もしないのに、邪魔になるわけがなかった。


北の裏口から校舎に入ると、

前に小楠さんに落とした百円玉を掻き出してもらった自販機が、

そして、その前に、棚橋が立っているのが見えた。


ひょいとこちらを向いた棚橋が、アッという顔をする。


「小楠さん――ああ、聞いた、聞いた。」


棚橋は、わざわざ、「不合格」の言葉を小楠さんから出させない。

俺は対面する二人を置いて、とりあえず、自販機の前に立ってみる。


「――浪人かあ……予備校は?」

「基本は、宅浪かなって……」

「宅浪か――小楠さんには合ってるかもね……」


自販機で買ったコーヒーがガシャンと音を立てる。

取出口から引っ張り出すと、俺は急いで声を掛けた。


「先生、僕は帰るんで……」


「おっ!じゃあ、頑張って!!身体気を付けて!!」


「――ありがとうございました。」


見送る二人の目が、早く俺から離れるように、駆け足で校舎を出る。

駐車場を抜けて外門を出て、校舎を振り返る。


小楠さんがペコペコと頭を下げたり、棚橋が頷いたりしている。


俺は、見えない位置までずれると、リュックを足の間に置いた。

真正面から北風が吹いてくるが、

ポケットに入れたコーヒーのペットボトルがじわりと温かい。


――と、外門から小楠さんが出てきた。


俺に驚いて、アッと言う。

――今にも泣き出しそうな顔で。


「急に帰ったら変かなって……」


俺は急いで言い訳をする。


「変じゃないよ!――なんか、ごめんね。」


「いや、小楠さん、1ミリも悪くないでしょ。」


俺たちは駅に向かって歩き出す。


何を話せばいいか分からない俺に、北風が遠慮なく吹きつける。


「寒い!」


肩をすくめる小楠さんに、俺はようやくポケットのものを思い出す。


「あ、これ、はい。」


思わず手に取った小楠さんに、俺は言う。


「ポケットに入る?まあまあカイロみてェな感じ。」


「エェ、いいの?」


「それ、小楠さんのだし。」


「私のだっけ?」


俺は困った。

男子校に六年もいると、女子と話す能力が退化するんだろうか。

それとも、相手が小楠さんだからだろうか。


「前、自販機の下から、百円玉出してもらったから……

その……まあ、そんな感じ。」


「いつだっけ……」


全く思い出せない風の小楠さん。


小楠さんの世界での、俺の不存在が完全に証明されて、

俺の三月までの恋は、

終わったというよりも、そもそもなかった気がして情けなくなる。


しかし、俺は、北風に吹き晒される顔を上げた。


「秋くらい――百円が自販機の下に落ちて、

小楠さんが割りばしで掻き出して――」


「ああ!あれね!あれ、早瀬君だったんだ!」


小楠さんが朗らかに笑う。


「うん、そう――なんか、ごめん。お礼とかしてねェし。」


「あ、じゃあ、これはお礼っていう……」


「うん、そう。」


「おー、ありがとう。」


なんで結局、小楠さんにお礼を言わせるのか、俺は。


「無糖のコーヒー……」


「あ、飲めなかった?ごめん――駅で別の買うわ。」


カイロの役割も忘れて、慌てて手を伸ばす俺に、

小楠さんは首を横に振って、コートのポケットにコーヒーを入れる。


「いや、試してみる。ほら、私、ちゃんと目を覚まして勉強しなきゃだし。」


慰め?違う。

励まし?違う。

何を言えばいい?


そんな俺をチラリと見た小楠さんは、さらに付け足した。


「合格者からもらったコーヒーとか、縁起よさそう!」


そして、「飲んだら数学解けるとか!」と笑ってくれる。

もう俺は、自分をぶん殴りたくなった。


違う。

違う。

違う。


勉強とか、

成績とか、

合格とか――


違うんだ、

小楠さん。


小楠さんに、そんなものなくたって――

俺は――


俺は、街灯の白い光の下で、呼び掛けた。


「小楠さん。俺――」


しかし、ちょうど通り過ぎた急行列車に、その声は見事にかき消される。


俺が立ち止まったことにすら気付かなかった小楠さんが、

あれ?というように振り返る。


「私ねェ、宅浪して、完全に基礎から数学やり直そうって思ってて……」


青白い顔で、心を決めたように話し出す。


――それを聞いた俺は、フラフラと歩き始めた。


――俺は、何も分かっていない。

「違う」のは、俺の考えじゃないか。


勉強も、

成績も、

合格も、

今はそれこそが、小楠さんを苦しめていて、

乗り越えたいと思っていて、

必死に戦っているものなのに。


俺は小楠さんに言う。


「俺のダチで、めちゃくちゃ数学苦手な奴がいたんだけど、

太田数学シリーズでK大数学制覇したらしい。」


「オオタスウガク…?」


「中堅大学向けの教科書とか言われてるけど、

基礎力上げるなら結構いいんじゃねェかな。」


駅が近付いてくる。

小楠さんは拍手して俺に笑い掛けた。


「ありがとう!すごいよさそう……駅ナカのMt.Bookで売ってるかなぁ?」


「あー、売ってると思う。俺、見たことあるし。」


「そうなんだ!じゃあ、買う!」


「エッ、見てねェのに決める?」


「だって、【買い】でしょ。間違いなさそう!」


改札に向かうエスカレーターで、青白い笑顔が俺を振り仰ぐ。

YNの花々に溶け込んで、話題の中心にいた小楠さんがふいに思い出される。


――そして、その中で唯一落ちたことも。


「俺も行くわ。

色々似たのが出てるらしいけど、俺なら見れば分かるし。」


「いいの?助かる!」


全部、俺自身のためなのに、

全部、小楠さんにお礼を言わせる、


自分が嫌だ。


駅ナカの本屋Mt.Bookでは、残念ながら、スムーズに、

平積みの太田数学シリーズが見つかった。


早速手に取った小楠さんが、声を上げる。


「数学以外のシリーズも出てる!」


二人で思わず、平積みのポップアップを覗く。


あの自販機のときのように…

ほんの少し髪の先が触れて、

コートの肩先がこすれ合った。


本の匂いと微かなシャンプーの香りに、

俺の心臓が跳ね上がる。

当然、小楠さんの横顔などチラリとも見られない。


ポップアップを読み上げる小楠さんの声。


「【太田先生、待望の新シリーズ『生物』】」


「待ってねェし!」


「ハハハ!――でも、【買い】でしょ。」


「ハッハッハッハッ……」


俺は身体を折り曲げて笑う。


「そんなに笑う?――フッフッフッ……」


つられたように小楠さんも笑う。


――吹き出しても、話し掛けても気づかれなかった高三の一年間が、

ゆるゆると溶けていくようだった。


***


会計を終えた小楠さんが、ヨイショと五冊の本が入った紙袋を受け取る。

心なしか、青白い顔にうっすらと赤みが差している。


二人で本屋を出る。


「早瀬君はどっち方面?」


「俺はこっちだけど……」


「私はこっちだから……全然別だね。」


俺は近くのカフェに目を走らせる。


(ちょっと寄らない?)

(腹減らない?)

(本の中身一緒に見ない?)


俺が必死に誘い文句を考える間に、

小楠さんは、重い荷物を持ってトコトコと歩く。


荷物を持とうとする手も、誘う言葉も、勇気も出ない――


――いや、今大事なのは、カフェで食うことじゃねェだろ。


「小楠さん。」


小楠さんが俺を見る。


「番号、教えてもらっていい?

――俺のダチに、お勧めを聞いて、ショートメッセージとかで送るから。」


(嫌じゃなければ)という言葉は飲み込んだ。

小楠さんは、困ったような照れ臭いような表情をしながらも、番号を言い始める。


0・9・0……


入力されていく数字が、一つ一つ、小楠さんに繋がる階段のようだ。

「小楠さん」と入れて番号を登録する。


「今、電話かけたから、時間あるときに登録して。

あー、俺、早瀬っていうから。

瀬を早み…の早瀬。」


「岩にせかるる滝川の…の、早瀬ね。」


小楠さんはポケットを探って携帯を探していたが、


「これが出てきた。合格コーヒー。」


と、もうすっかり冷えただろう、

あの自販機のお礼の無糖コーヒーを、笑って俺に見せてくれた。


***

「じゃあね。」


「おぅ、また……」


俺は歩き始めたが、階段を降りる前に振り返った。

小楠さんはトコトコと階段を降りていく。


――が、パッと振り返ると、俺を見つけて立ち止まる。

コーヒーを持つ手を二、三回振ると、

また、トコトコと階段を降りて行った。


俺は、二段飛ばしで階段を駆け下りると、

ちょうど来た電車に飛び乗った。


動き出した電車の窓の向こうに過ぎ去っていく景色の中で、

電光掲示板を見上げている、

真っ白な紙袋を抱えた小さな姿が、


俺には、はっきりと見えたのだった。


***


最寄りの駅で降りた俺は、携帯を取り出した。


――はい……はい、それなんですけど、

もう大丈夫です。


――あ、そうじゃなくて、会ったんです、偶然。

――そうです……直接……


――え?まさか……伝えてません。


――はい……それは……


――分かりません……


――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。