からくり競艇人物外伝第6話:野宮あずさ編
1. 福岡ピット、広島弁の強襲
「ぶち暑いねー! 福岡のピットは熱気が違うわ、マジで溶けるんじゃけど! うちの肌、これ以上焼きたくないんよ!」
福岡競艇場のピットに、場違いなほど高飛車で、それでいて生命力に溢れた広島弁が響き渡った。
声の主は、広島支部の新人・野宮あずさ。
金髪のポニーテールを高く結び上げ、鏡を見ながら手際よく「つけまつげ」の角度を直している。その華やかな指先のすぐ横には、オイルとグリスで黒ずんだレンチが無造作に転がっていた。
「おい、広島の。そこは化粧室じゃねぇぞ。レース場だ」
呆れ顔で声をかけたのは、福岡支部「ポンコツ会」のリーダー、西野貴志だ。
「あ、西野さーん! お疲れさまですー! ウチのまつげ、右だけマブイのノリが悪いんよ。整備士の勘で、しっかり見守ってくれん?」
「知るか! 自分の機体のマブイのノリを気にしろ! お前のそのデカい羽根、バランスが悪ぃぞ」
「えー、嘘!? ぶちショックなんじゃけど! ちょっと、優子さん、西野さんがいじめてくるー!」
渡辺優子が苦笑しながら近づくと、あずさはパッと顔を輝かせた。
「優子さん! あみ(深田あみ)から聞いとるよ。優子さんのダンプ、ぶち格好いいって! 今度、ウチにも『相手をビビらせる角度』とか教えてーや!」
「……あんた、そんなキャラでよく山口の首席(野田あかり)とやり合う気になったわね」
優子の言葉に、あずさはグロスを塗り終え、鏡を閉じた。
その瞬間、あどけないギャルの瞳に、広島の海で鍛えられた「不屈の勝負師」の光が宿る。
「ギャル同士、通じ合うもんがあるんよ。それに、ウチはあかりちゃんに勝たにゃあいけん理由があるけぇね」
2. 激突! ネオン vs 広島魂
その日の合同練習。
下関から遠征してきた山口支部の超新星、野田あかりの機体『マジ・アゲ・バースト』は、今日もネオンピンクのマブイを放ち、周囲を圧倒していた。
あずさは自分の機体『紅蓮・もみじ丸』を横付けし、勢いよく声をかけた。
「あ、あかりちゃんじゃん! 実物はマジで機体デコりすぎ、ぶち可愛い! そのラインストーンの配置、センスの塊じゃね!」
「え、うける。広島にもこういう子いんの? 師匠(誠)が『広島には仁義と筋を通す硬派な奴しかいない』って言ってたから、マジ意外なんだけど」
あかりが驚いたように振り向くと、二人の派手なカラーリングの機体が並び、ピットの一角だけがまるで原宿か渋谷のような光景になった。
「広島のギャルは『根性が座っとる』んよ。見た目はこれでも、中身はぶち硬派なんじゃけぇ。あかりちゃん、ウチらギャル同士、仲良くしようやぁ!」
「いいよ、あずさ。でもレースは別。うち、手加減とかできないタイプだし」
「望むところよ! ウチ、コアマブイの量はあかりちゃんに負けるかもしれんけど、気合だけは広島の龍にも負けんけぇね!」
模擬レースが開始される。
「スリット、行けぇ!!」
あずさの叫びと共に、機体が加速する。しかし、現実的な出力差は明白だった。
野田あかりのネオン属性マブイが水面を鮮やかに照らし、圧倒的な加速で独走態勢に入る。対して、あずさの『もみじ丸』は、コアマブイの基礎数値が低く、加速で一歩出遅れていた。
(……やっぱ、あかりちゃんのパワー、えぐいわ。普通のターボじゃ追いつけん)
だが、あずさの瞳から光は消えない。
彼女は、毎晩鏡を見ながら化粧のディテールを磨き上げたその「超精密な集中力」を、機体の出力調整に転移させた。
「マブイが少ないなら、一滴も無駄にせんのが広島流なんよ……! 魂の雫を、全部推進力に変えてやる!」
3. 逆噴射の奇跡
第2ターンマーク。
あかりがネオンを撒き散らしながら鮮やかにターンを決めるその瞬間、あずさは常識では考えられない行動に出た。
あえて加速を止めず、あかりが作り出した巨大な「引き波」の中に、自分から突っ込んだのだ。
「あずさ!? 自殺行為だよ!」
あかりが叫ぶ。通常、低出力の機体が引き波に呑まれれば、水圧でマブイの流れが乱れ、そのまま失速・転覆するのが関の山だ。
しかし、あずさはその瞬間を見計らっていた。
機体の底面に設置された蒸気ノズルを、ミリ単位で逆方向に向ける。
「属性反転、逆噴射ぁ!!」
ドォォォン!
波の反動を逆手に取り、自分のマブイをブースターとしてではなく「バネ」として使ったのだ。波のエネルギーを吸収し、それを弾けるような推進力へ変換。
あずさの泥だらけの機体が、あかりのネオンの光を切り裂き、最短のインコースへとねじ込まれた。
「なっ……あの位置から差してくるの!? 物理的にありえないんだけど!」
驚愕するあかり。あずさの機体は、美しくはない。塗装は剥げ、蒸気が漏れ出している。だが、その機動には「何が何でも食らいつく」という、広島の女の執念が宿っていた。
「根性見せにゃあ、広島の女が廃るんじゃけぇ! あかりちゃん、そこ、どいてぇ!!」
結果は、あかりの僅差での勝利。
しかし、ゴールを駆け抜けた瞬間、ピットで見守っていた「ポンコツ会」のメンバーや、誠(上田通彦)までもが、あずさの「低マブイでの強襲」に戦慄を隠せなかった。
4. 最強ギャルライン、結成
「あー、マジで悔しい……! あかりちゃん、強すぎ! ウチの計算、あと一歩足りんかったわー!」
ピットに戻ったあずさは、床に座り込んで「悔しいわー!」と地団駄を踏んだ。その拍子に、せっかく直したつけまつげが少し浮いてしまう。
「あずさ、あんたマジですごいよ。最後、うちのネオンに焼かれながらも、波の底から這い上がってきたの……正直、マジでビビったし」
あかりが、心からの敬意を込めて手を差し出した。
あずさはその手を力強く握り、勢いよく立ち上がった。
「あかりちゃん……! 決めたわ、ウチら『最強ギャルライン』作らん? 誠師匠や西野さんたちおじさん連中を、ウチらの最新マブイでひっくり返してやろうや!」
「いいかも。うちのテクと、あずさの根性。つか、この二人が並んだらピットがマジ映えだし、無敵じゃない?」
二人はそのまま、お互いのネイルを見せ合いながら、「今度広島で牡蠣食べよ! ぶち美味い店知っとるんよ!」「山口の瓦そばもマジでおすすめ! インスタ映えするから!」と、先ほどまでの死闘が嘘のように盛り上がり始めた。
その様子を遠くから見ていた誠は、苦笑しながらタバコを吹かした。
「……山口と広島のギャルが手を組んだか。これからの公式戦、耳栓が必要になりそうだな。だが、あの野宮あずさ……マブイの使い方は、かつての『0』だった俺に少し似てやがる」
5. 息抜き:ギャル整備士の日常
あずさの整備スタイルは、からくり競艇界の常識を覆す。
「このバルブ、ぶち硬いんじゃけど! 指が痛いし、爪が折れるわ!」
と言いながら、彼女が取り出したのは、自作の「カーボン製・特注ネイルカッター」だ。
実は彼女、実家の町工場で培った技術をギャル流に解釈している。
「硬い金属を愛でる」という感覚を、ネイルアートと融合させた。機体のボルト一本一本にマブイ伝導率を高める特殊なラメ塗装を施し、機体内部をデコレーションすることで、目視での点検を容易にする「ギャル流・精密整備」を開発中なのだ。
「よし、これでマブイの伝導率アゲアゲじゃね。……あ、顔にグリスついた! 最悪! 誰かティッシュ取ってー!」
オイルの臭いと、香水の香り。
レンチの音と、楽しげな笑い声。
広島の野宮あずさが、海峡を越えて持ち込んだのは、新しい時代の「仁義」と、決して折れない「ピンク色のプライド」だった。
山口のネオン、広島の紅蓮。
二つの閃光が混ざり合う時、競艇界に新たな、そして最高に「派手な」嵐が吹き荒れる。




