からくり競艇人物外伝第5話:野田あかり編
――野田あかり vs ポンコツ会
1. 下関のピットに咲く「異物」
下関競艇場。本州の西端、関門海峡の荒い潮流を望むこの場所は、古くから風と波を読み切る「玄人好み」の難所として知られている。
この日は山口支部と福岡支部の合同練習日。ピットにはベテランたちが醸し出すピリついた緊張感が漂っていたが、その一角だけが完全に別世界と化していた。
「あー、まじ今日暑くね? メイク落ちるんだけど。つか練習とかダルすぎ。さっさと終わらせて、駅前の店にタピりに行きたいんだけどー」
ひと際異彩を放つ、ド派手なピンク色の「からくり馬(機艇)」――『マジ・アゲ・バースト』。その横で、最新のスマホをいじりながらガムを膨らませているのは、山口支部の期待の新人、野田あかりだ。
金髪をなびかせ、派手なネイルを施した彼女のルックスは、どこからどう見ても遊びに来たギャル。しかし、その正体は、あの地獄の大宮機艇教習所を首席で卒業した、文字通りの天才児である。
「首席の割には、ずいぶんとお気楽なことで。そこ、ネオン街じゃねぇんだぞ。そのキラキラした玩具、神聖なレース場に持ち込むんじゃねぇよ」
背後から、ボイラーを吹かすような野太い排気音と共に、黒い影が迫った。
福岡支部が誇る「ポンコツ会」。リーダーの西野貴志、神速の森田、精密の武田、そして……獲物を今すぐ噛み殺さんとする狂犬のような瞳をした女子、渡辺優子だ。
「は? これ『デコからくり』だし。自分好みに盛るの、普通じゃない? お姉さんのそれ、オイル臭くてエモくないよ? 昭和の匂いがするんだけどー」
あかりがスマホから目を離さずに平然と返すと、渡辺優子の額にピキリと青筋が立った。渡辺にとって、競艇とは血と汗とオイルにまみれた「戦場」であり、あかりのような存在は最も相容れない不純物だった。
「……面白い。その生意気なツラ、水面に叩きつけてやる。行くぞ、ポンコツ会! 教育の時間だ!」
2. 「新兵教育」という名の洗礼
模擬レースが始まった。
「スタートッ!」
その瞬間、静寂だった下関の水面が爆発した。
飛び出したのは、やはり「神速」の森田勝司。彼の驚異的な反応速度が、コンマ01のタイミングでスリットを駆け抜ける。
しかし、あかりを狙う「ポンコツ会」の包囲網はここからが本番だった。4カドの西野貴志が、わざと「爆炎」を撒き散らしてあかりの視界と吸気を奪い、武田静香がその精密な旋回で逃げ道を塞ぐ。
「おー、めっちゃ嫌がらせしてくるじゃん。てか、おじさんたちマジしつこいんですけどー」
あかりは、機体の振動でスマホを落とさないようポケットに突っ込むと、初めてレバーを握る手に力を込めた。彼女の脳裏に、師匠である「不死鳥」上田通彦(誠)の声が響く。
『あかり。お前のマブイは派手すぎて隙が多い。キラキラさせるのは勝手だが、勝負の時はその光を一点に束ねろ。散った光はただの飾りだ』
「わかってるって、誠師匠。……ウチ、本気出すわ」
あかりがコックピットのタブレットを流れるような手つきでフリックした。
機体の各所に配置された外付けマブイ増幅装置、総計「28,000」。それがピンク色のラインに沿って発光し、エネルギーが機首の一点へと収束していく。
「属性解放・ネオン・バースト!」
ドォォォン! という衝撃音と共に、目も眩むような鮮やかなピンクの閃光が水面を走った。
それは単なる光ではない。高密度に圧縮されたマブイが放つ「閃光弾」のような効果を持ち、西野たちの視界を一瞬で奪い取った。
「なっ……眩しっ!? 目が、目がぁぁぁ!」
西野がハンドルを奪われ、武田がわずかに膨らむ。その一瞬の隙間。
あかりのピンク色の機体が、軽やかに、そして鋭く、先行艇の間に割って入った。
3. 狂犬の突撃、ギャルの「いなし」
「逃がすかよ、ガキがぁ!!」
閃光を浴びながらも、根性だけでハンドルを戻した影が一つ。渡辺優子だ。
彼女は自分の視界を捨て、相手の「マブイの気配」だけを頼りに突っ込んできた。彼女の持ち味は、圧倒的な負けん気が生み出すマブイ量、驚愕の「33,333」。
渡辺の機体が咆哮を上げ、あかりのサイドに肉薄する。
「喰らえ! 全力ダンプ!!」
ガリガリッ! と金属が削れる凄まじい音が響く。渡辺の重い体当たりが、あかりの軽量な機体を捉えた。物理的な衝撃と、破壊衝動に満ちたマブイの波が、あかりを水面へ叩きつけようとする。
「きゃっ!? マジ危ないんだけど! ネイル剥げたじゃん、最悪!」
「これがプロの洗礼だ! 華麗に回れると思うなよ! ここは、ドロドロの泥沼なんだよ!」
渡辺の強烈な体当たりに機体が45度近く傾く。転覆寸前。だが、あかりの瞳は笑っていた。彼女は大宮教習所の過酷な訓練で、これ以上の重圧を何度も経験していた。
「……あーあ。お気に入りだったのに。お返し、していいよね?」
あかりは、師匠・誠から直伝された究極の「重心移動」を応用した。
渡辺のダンプがもたらす巨大な衝撃エネルギーを、真っ向から受け止めるのではなく、自機の「回転エネルギー」へと転換する。
あかりはレバーを逆位相に入れ、ネオン属性の推進力を前方ノズルから全開で逆噴射させた。
「ネオン・ドリフト!」
渡辺のダンプの力に乗る形で、あかりの機体が独楽のように180度反転。その勢いで渡辺の機首を「弾き飛ばし」ながら、最短コースでターンマークを掠めた。
物理法則を無視したかのような、慣性を利用した高速旋回。
「なっ……ダンプを『利用』しやがった……!?」
渡辺が驚愕で目を見開いた時には、ピンク色のテールランプが遥か前方で嘲笑うように輝いていた。
あかりはそのまま、2番手以下を大きく引き離してチェッカーフラッグを駆け抜けた。
4. 継承される「ポンコツ」の魂
ピットに戻ると、静寂が訪れた。
渡辺優子は悔しそうにヘルメットを地面に置くと、肩で息をしながら、あかりのピンク色の機体を睨みつけた。
「……チッ。首席ってのは、お勉強ができるだけじゃねぇってことかよ」
「お姉さんのダンプ、超ヤバかった! 衝撃でスマホの画面割れるかと思ったし。マジ怖いわー」
あかりはヘルメットを脱ぎ、乱れた髪を整えると、無邪気にスマホを取り出した。
「あ、でも今の攻防、超エモかった! 自撮りしていい? 誠師匠に『狂犬に勝ったし』って自慢しよーっと!」
パシャリ、とシャッター音が響く。
あかりにピースサインを向けられ、毒気を抜かれた渡辺は、力なく溜息をついた。
「……優子、負けたな。あいつ、ただのギャルじゃねぇわ」
西野貴志が、面白そうにニヤニヤしながら近づいてくる。
「誠の弟子なだけあって、根っこの部分が『ポンコツ』寄りなんだよ。綺麗に勝とうなんて思っちゃいない。泥臭く、利用できるものは何でも利用する……。あいつは、俺たちの仲間だ」
「西野さん、変なこと言わないでください! あんなキラキラしたのと一緒にしないでください!」
渡辺が真っ赤になって怒鳴るが、その表情には先ほどまでの敵意ではなく、好敵手を見つけた時の高揚感が混じっていた。
「おい、野田あかり!」
「んー? 何ー?」
「次は練習じゃねぇ、本番のレースだ。その時は、そのデコデコした機体ごと粉砕してやるからな! 覚悟しとけ!」
「おっけー! ウチも次はネイル、もっと硬化させて、剥げないようにしてくるし! あと、新しいタピオカの店、教えてあげよっか?」
山口のネオン・ギャルと、福岡の狂犬。
華やかな光と、泥臭い爆風。
相反する二つの魂が火花を散らす、新たな女子ライバルの伝説が、下関の潮風と共に、今、幕を開けた。




