表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇人物外伝集  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/9

からくり競艇人物外伝第4話:鎌倉明奈編

―女子レーサーNo.1、鎌倉明奈の肖像

1. 氷の玉座と、偽りの微笑み

「女王」という呼び名を、鎌倉明奈はあまり好まない。

その言葉に含まれる、どこか「守られるべき優雅な存在」という響きが、彼女の誇りにそぐわないからだ。

大阪支部のエースとして君臨する彼女は、実力・人気ともに女子レーサーの頂点に立つ。SG級の舞台でも男性レーサーをなぎ倒し、表彰台の真ん中に立つその姿は、確かに気高く、美しい。

彼女が放つマブイ(魂の粒子)は、雪のように透き通る純白。だが、その深淵には、時折混ざる鋭い「真紅」の閃光がある。属性は、水の極致である**「氷華ひょうか」**。

彼女が水面を駆ければ、機体から放出された冷却マブイが周囲の水分を瞬時に結晶化させる。その軌跡は、一瞬だけ鋭利な氷の道となり、後続の機体のハンドルを狂わせ、スクリューを噛ませて停止させる。それは「美しき罠」と呼ばれる彼女だけの独走フィールドだった。

「明奈ちゃん、今日も完璧やな。ファン投票もぶっちぎりやで! 浪速の女神は今日も輝いとるわ!」

ピットに戻れば、メディアのカメラとファンの歓声、そして顔見知りの選手たちの賞賛が降り注ぐ。鎌倉はそれらを、柔らかで淀みのない微笑みで受け流す。それは彼女が長年かけて作り上げた、完璧な「女王の仮面」だった。

しかし、ひとたび整備室に入り、愛機『真紅の氷刻しんくのひょうこく』のハッチを閉じた瞬間、その微笑みは霧のように消える。

「……女神なんて、柄じゃないわ」

狭いコックピットの中で、彼女は静かに、そして鋭く、自分自身と対話を開始する。

2. 静寂の誓い

彼女の戦いは、常に孤独だった。

女子レーサーNo.1という看板は、少しのミスも許されない重圧となって彼女にのしかかる。人々は彼女の「華」を愛するが、彼女自身が愛しているのは、極限状態での「冷徹な勝利」のみだった。

大峰幸太郎の太陽のような光。篠田篤の嵐のような重圧。西野貴志の爆炎のような咆哮。

そんな怪物たちがひしめく競艇界で生き残るには、誰よりも冷酷に、誰よりも精密にマブイを制御しなければならない。

「私のマブイは、熱に弱い。少しでも心が揺れれば、氷は溶け、ただの水に戻る。……だから、心は常に零度でいい」

彼女は真紅のマブイ伝導体を指先でなぞり、その冷たさを確かめる。

ある日のTGトップグレード予選。その日の彼女は、競艇界で最も厄介な「騒音」にさらされることとなった。

3. 氷華 vs 爆炎:ポンコツ会の強襲

「おらぁ! 女王様をその高い玉座から引きずり下ろせ! 今日の水面は、俺たちが全部沸騰させてやるぜ!」

第12レース、優勝戦へと続く重要な一戦。

4カドに陣取った西野貴志が、拡声器を使っているかのような大声で吠えた。彼の横には、神速の森田、過敏な武田、そして破壊の渡辺。西野率いる「ポンコツ会」が、鎌倉を包囲するように並んでいた。

「女王様、あんたの氷は今日で終わりだ。俺たちの『熱』は、どんな冷却装置でも抑えきれねぇぞ!」

西野の「爆炎」属性のマブイが、ピット離れの瞬間から炸裂した。スリットへ向かう水面が、西野の機体から漏れる熱気で白く蒸気立っている。

普通のレーサーなら、その気迫と異常な熱量に、本能的な恐怖を感じてハンドルがぶれる場面だ。

だが、ヘルメットの中の鎌倉明奈は、むしろ深く、深い精神の底へと潜っていった。

周囲の喧騒が遠のく。西野の叫びも、観客のどよめきも、すべてが真空の中に閉じ込められたように静まり返る。

(……うるさいわね。その熱、全部凍らせてあげる)

4. 臨界の「真紅」

「スタートしました! 西野、渡辺、ポンコツ会が怒涛の勢いで女王・鎌倉を飲み込みに行く!」

実況が絶叫する。

西野の『烈火丸』が放つ爆炎が、鎌倉の視界を真っ赤に染めた。さらに横からは、渡辺優子の『壊し屋』が、マブイを衝撃波に変えて鎌倉の機体装甲を激しく叩く。

鎌倉の機体は、熱と衝撃で激しく振動した。モニターには「TEMP CRITICAL」の警告が点滅する。

「落ちろ! 女王!」

西野が1マークで強引な「まくり」を仕掛けた。大量の熱マブイが水面に叩きつけられ、鎌倉の進路を蒸気の壁が塞ぐ。

その瞬間。

鎌倉明奈の瞳に、静かな「真紅」が宿った。

「凍りなさい」

鎌倉のマブイが臨界点を超え、機体の冷却バイパスを逆流した。

機体後部のノズルから、純白を通り越して青白く輝く冷気の波動が放射される。それは単なる水冷ではない。マブイそのものを絶対零度の「意志」に変換し、物理法則を強制的に書き換える氷の魔法。

一瞬だった。

西野が作り出した蒸気の壁が、結晶化して巨大な氷の彫刻へと変わった。

西野の爆炎が、その冷気に触れた瞬間に沈黙する。

鎌倉は、氷の破片を散らしながら、一筋の「真紅のライン」を描いて第1マークを旋回した。氷の刃のようなターン。それは、並み居る男性レーサーですら決して踏み込めない、水の粒子を完全に静止させる極小旋回だった。

「なっ……なんだと!? 俺の炎が……凍った!?」

西野が驚愕の声を上げる間もなく、鎌倉は一瞬でポンコツ会の4艇を抜き去り、遥か前方へと独走を開始した。

5. 静かなる独走の果てに

ゴールを駆け抜けた彼女を待っていたのは、会場全体が揺れるほどの、割れんばかりの歓声だった。

モニターには、3連単1番人気を完璧に応えた「女王」の姿が大写しになる。

鎌倉は、ピットに戻ってヘルメットを脱いだ。

濡れた、長く美しい髪が潮風になびく。彼女はいつものように、待ち構えるカメラに向けて「女王の微笑み」を浮かべた。その表情には、先ほどの極限状態での冷徹さなど微塵も感じられない。

だが、彼女を追いかけてきた西野だけは、彼女がピットを離れる一瞬、その瞳に宿った「真実の色」を見た。

それは、勝利を喜ぶ乙女の色ではない。

獲物を確実に仕留めた、冷酷な狩人の色だった。

「……ちっ。とんだ化け物だよ、あの女王様は」

西野は苦笑しながら、オーバーヒートした自分の機体に水をかけた。

その日の夜。

大阪支部の宿舎で、鎌倉明奈は独り、窓の外に広がる海を見つめていた。

手元には、冷えたミネラルウォーターのグラス。彼女が指を触れると、グラスの表面にうっすらと霜が降りた。

「西野さんの炎、少しだけ……熱かったわね」

彼女は独りごちる。その表情は、誰にも見せることのない、一人の戦士としての顔だった。

彼女は知っている。頂点に立ち続けるということは、誰よりも速く走り続けることではなく、誰よりも冷たく、凍りついた孤独に耐え続けることなのだと。

「……次は大峰さん。あなたの『日』の光でさえ、私の氷は溶かせないわよ」

大阪の女王、鎌倉明奈。

彼女の真紅の氷華は、まだ誰にも折らせない。

その独走は、誰にも追いつけない場所で、さらに静かに、さらに鋭く研ぎ澄まされていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ