からくり競艇人物外伝第3話:西野貴志編
福岡支部の異端児たちが集う「ポンコツ会」。その熱すぎる魂と、歪な個性がぶつかり合う群像劇を、それぞれの過去や葛藤、そして「ガラクタ部屋」での熱狂を肉付けし、約3,000字のボリュームで描き出します。
外伝:『ポンコツたちの狼煙』
――西野貴志と、愛すべき異端児たち
1. 黄金の残像と、灰色の整備室
福岡支部の片隅、メインピットの華やかさから見捨てられたような場所に、その「聖地」はあった。
第4整備室。
使い古された工具が散乱し、鼻を突くオイルの臭いと、焦げたマブイの残滓が漂うその場所は、いつしか選手たちの間で「ガラクタ部屋」と呼ばれるようになっていた。
その中心に、西野貴志はいた。
上半身裸になり、自らの機体『烈火丸』の心臓部に素手を突っ込んでいる。
彼の脳裏には、数日前のTG競走の光景が、呪いのように焼き付いていた。
優勝したのは、大峰幸太郎。
大峰の機体は、まるで神に祝福されたかのように黄金に輝き、一ミリの狂いもなく最短ルートを切り裂いた。観客はその「美しさ」に酔いしれ、大峰を「完成された理想」と称えた。
対して西野は、どうだったか。
自慢の「爆炎」属性のマブイを全開にした瞬間、機体がその出力に耐えきれず、激しい振動と共に制御不能に陥った。結果は、自爆寸前の挙動での大敗。
「……ちっ、まーた『欠陥品』扱いかよ」
整備士たちの冷ややかな視線。「西野のマブイは出力が高すぎて、からくり機艇の規格に合っていない」「あいつは速すぎるだけの、不出来なポンコツだ」。
そんな囁きが、西野の耳には嫌というほど届いていた。
2. 吹き溜まりの三傑
「西野さん、またそんな無茶なセッティングしてるんですか?」
背後から声をかけたのは、香川支部から流れ着き、今は福岡に身を置く寡黙な男、森田勝司だった。
森田は、誰もが認める「スタートの天才」だ。彼のマブイは反応速度が異常に速く、針の穴を通すようなタイミングでスリットを駆け抜ける。
だが、悲劇的なことに、その加速に耐えられる機体が存在しなかった。スタート直後にエンジンが焼き付くか、機体が空中分解しかける。
「スタートだけは、誰にも負けん。だが、その後が続かん……。俺も、使い所を間違えたポンコツか」
森田は、自嘲気味に笑いながら、西野に冷えた缶コーヒーを投げた。
「あら、二人して暗い顔しちゃって。湿っぽいのは硫黄の香りだけで十分よ」
華やかな笑い声を上げて入ってきたのは、武田静香だ。
彼女の旋回技術は、教習所時代から「芸術」と評されていた。だが、彼女のマブイは感度が良すぎた。指先の微かな震えすら機体に伝わってしまい、標準的なプロペラでは過剰反応してスピンしてしまう。
「コーナーを回るのは得意なの。でも、普通のペラじゃ私のマブイについてこれない。繊細すぎるのも、この世界じゃ『故障』と同じなんですって」
さらに、重い扉を蹴破るようにして、一人の少女が飛び込んできた。
若手の渡辺優子だ。
「西野さーん! また委員長に怒られましたよ! 『お前のマブイは破壊衝動の塊か』って!」
彼女は天性のマブイ量を持っていたが、その性質は「破壊」に極振りされていた。先行艇を追い抜くのではなく、文字通り「粉砕」して道を作るスタイル。
「ダンプ(体当たり)で道を作るしかないんですよ! 私、これしかできない不器用なポンコツですから!」
3. 「欠点」を「牙」に
西野は缶コーヒーを一気に飲み干すと、集まった三人の顔を見渡して、不敵にニヤリと笑った。
「いいか、お前ら。世間様はな、一箇所でもエリート様の基準から外れりゃ、すぐに『ポンコツ』というレッテルを貼りやがる」
西野は立ち上がり、整備中の『烈火丸』の横を叩いた。
「だがな、尖りすぎた能力ってのは、裏を返せば、そこだけは『世界一』ってことだろ? 全てが80点の優等生に、一点突破の10,000点が勝てねぇなんて、誰が決めた?」
西野は、自らの機体からわざと外装パネルを剥ぎ取り、内部の爆炎機関を剥き出しにした。冷却効率を捨て、純粋な破壊力を追求したその姿は、もはや競艇機ではなく、爆弾に近い。
「大峰さんみたいな綺麗なレースは、あいつに任せときゃいい。俺たちは、欠点だらけの能力を寄せ集めて、エリート共の綺麗な喉元を食い破るんだ。……今日から俺たちは『ポンコツ会』だ!」
西野が提唱したのは、弱点を補い合うという軟弱な思想ではない。
**「欠点という名の個性を、制御不能なまま爆発させる」**という、正気とは思えない逆転の発想だった。
「森田、お前は一秒だけ神になれ。後のことは考えなくていい。静香、お前はその過敏なマブイを逆に利用して、誰も踏み込めない鋭角でターンしろ。優子、お前は……とにかく全部ぶっ壊せ。俺が後ろから火を噴いて追いかけ回してやる」
西野の言葉に、三人の瞳に宿る色が、絶望から狂気混じりの希望へと変わった。
4. 爆炎のストラテジー
数週間後の福岡SG予選。
1号艇には、エリート街道を突き進む期待の若手が座っていた。彼は、整備室の片隅で油にまみれていた「ポンコツ会」の面々を見て、鼻で笑った。
「あんなボロボロの機体で、今の高速競艇についてこれると思っているのか」
だが、ピット離れの瞬間から、その常識は打ち砕かれた。
「4カド、西野のマブイ数値が振り切れている! 制御不能のオーバーブーストだ!」
実況の絶叫と共に、西野の『烈火丸』から、文字通り「火」が噴き出した。水面を焦がすような熱風。
その隙を突き、森田が「神速」のスタートを決める。機械の限界を超えた加速に機体が悲鳴を上げるが、森田は構わずにスリットを突き抜けた。
「行けッ、森田!」
西野が爆炎でコースを荒らし、先行艇たちのマブイの流れを乱す。
そこへ、武田の青い閃光が割り込んだ。普通のレーサーなら波に足を取られる場所で、彼女の「過敏」なマブイが、水の粒子一つ一つの動きを捉えていた。
「そこよ……ここが、私の道!」
武田がコンパスで描いたような精密な弧を描いて内を突く。
そして、逃げようとする他艇の進路を、渡辺優子の赤い衝撃が塞いだ。
「どけえええい! ポンコツのお通りだ!」
凄まじい衝撃音。渡辺のダンプが、1号艇の完璧なバランスを粉々に砕く。
場内は静まり返り、次の瞬間、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「完璧」を自負していたエリートたちが、次々と「ポンコツ」たちの歪な攻撃に飲み込まれていく。
5. 狼煙は空へ
ゴールラインを駆け抜けたのは、西野貴志だった。
剥き出しのエンジンからは黒煙が上がり、カウルは一部が溶け落ちている。
だが、その姿はどの黄金の機体よりも、美しく、そして猛々しかった。
ピットに戻った四人を待っていたのは、軽蔑の視線ではなく、熱狂的な拍手だった。
「完璧じゃないからこそ、何が起きるか分からない。それが一番怖ぇってことを、あの太陽野郎に教えてやろうぜ」
西野は、あの大峰幸太郎が、遠くのピットから自分たちを静かに、そして楽しそうに見つめているのに気づいた。
「西野さん、エンジン、もう限界です……」
森田が息を切らしながら機体を降りる。
「私のプロペラ、ヒビが入っちゃった。でも、最高に気持ちよかったわ」
武田が汗を拭いながら笑う。
「私、また始末書確定です! でも、次もやりますよ!」
渡辺が拳を突き出す。
西野は三人の頭を乱暴に撫で回し、福岡の夜空を仰いだ。
そこには、爆炎の赤、神速の火花、精密な青、そして不屈の赤が混ざり合い、一つの歪な、しかし強烈な光を放つオーロラのような狼煙が上がっていた。
「さあ、宴の始まりだ。この世界の『正解』を、全部ひっくり返してやるよ」
こうして、競艇界で最も愛され、最も恐れられる「ポンコツ軍団」の快進撃が始まった。
彼らの通った後には、いつも焦げたオイルの臭いと、観客たちの熱狂、そして「完璧じゃなくても勝てる」という、歪で真っ直ぐな希望が残されるのだった。




