からくり競艇人物外伝第2話:篠田篤編
別府の湯煙に隠された、熱き「継承」と「覚悟」の物語。大峰という巨大な太陽を失った大分支部が、篠田という「嵐」を中心に再編されていく過程を、心理描写とメカニカルなディテールを加え、約3,000字のボリュームに拡張しました。
第一章:硫黄の香りと、影の嘆き
別府の夜は、硫黄の香りと共に更けていく。
ここ、からくり競艇大分支部の専用ピットは、別府湾の潮騒と温泉の蒸気が混ざり合う特殊な環境にある。その湿気と塩害は、精密な「からくり機艇」の天敵だが、同時に大分のレーサーたちの魂を鍛え上げる砥石でもあった。
深夜二時。静まり返ったピットに、高く硬い金属音が響く。
「……まだだ。ここが、わずかに甘い」
篠田篤は、愛機『旋風丸』の蒸気タービンユニットに潜り込み、出力系統のバイパスを微調整していた。
彼が扱うのは「嵐」属性のマブイ。それは鋭利なカミソリのような風を呼び起こすが、制御を誤れば乗り手自身の精神をズタズタに切り刻む諸刃の剣だ。
脳裏に焼き付いているのは、昼間のG1レース、大分記念の優勝戦だ。
勝ったのは、大峰幸太郎。
大峰が放つ「日」属性のマブイは、漆黒の海を昼間のように照らし出し、観客を狂喜乱舞させた。その圧倒的な光の前で、準優勝という好成績を収めたはずの篠田に目を向ける者はいない。
大峰は、大分という地にとっての「太陽」だった。
その光が強ければ強いほど、その直後を走る篠田の影は色濃く、暗くなる。
「俺はいつまで、あの人の背中を眺めているんだろうな……」
スパナを握る手に力がこもる。大峰を尊敬している。だが、それ以上に、彼という光に塗り潰され続ける自分自身に、篠田は耐えがたい閉塞感を感じていた。
第二章:太陽の忠告
「篤、まだやっとったんか。お前さんは、相変わらず真面目すぎるばい」
唐突に響いた、のんびりとした佐賀弁。
篠田が機体の下から這い出すと、そこにはタオルを首にかけ、スポーツドリンクを手にした大峰幸太郎が立っていた。
「大峰さん……。勝者はさっさと祝杯を挙げに行けばいいでしょう。弟子たちが店で待っているはずですよ」
「ハハッ、あいつらは酒癖が悪うてな。うるそうて逃げてきたよ。……篤、お前のプロペラ(羽根)、少し見せてみ」
大峰は遠慮なく『旋風丸』に近づくと、その金色の手掌をプロペラの基部に置いた。
瞬間。
ピット内の空気が一変した。大峰の「日」のマブイが機体へと流れ込み、冷え切っていた鉄の塊が、まるで生き物のように脈打ち、熱を帯びる。
篠田は息を呑んだ。これが「太陽」の出力か。
「……篤。お前のプロペラは鋭すぎる。まるで自分自身の魂を削って削って、形を作ったようやな」
大峰の目が、鋭く篠田を射抜く。
「今のお前の『嵐』は、内側に向いとる。自分を切り刻み、自分を高めるためだけに吹いとる。それじゃあ、いつか折れるぞ」
「……勝つためには、個の強さが必要でしょう。俺は大峰さんほど、天賦の才があるわけじゃない」
「違うばい。お前の風は、誰かを守るために吹く時、本当の力を出す。外を見ろ。仲間を見ろ。お前の『嵐』で、大分の火を消さないように守ってみせろ。……そしたら、俺の見えん景色が見えるはずだ」
大峰はそれだけ言うと、篠田の機体に微かな残り香のような熱を置いて、去っていった。
篠田はその温もりを、忌々しく、そして愛おしく感じながら、夜明けまで作業を続けた。
第三章:落日と動揺
その数日後、大分支部だけでなく、全国の競艇界に衝撃のニュースが走った。
『大分支部・大峰幸太郎、佐賀支部へ電撃移籍』
それは、大分という組織の屋台骨が抜かれることを意味していた。大峰は単なるエースではない。大分支部という「家族」の長であり、精神的支柱だった。
移籍の理由は語られなかったが、最強の敵として君臨することで、若手の成長を促すための「荒療治」であることは、古参の者たちには察しがついた。
だが、残された若手にとって、それは絶望以外の何物でもなかった。
「大峰さんがいないなら……これから誰を目標にすればいいんですか」
ピットの片隅で、若手のホープである深田あみが、整備の手を止めて俯いていた。
「私たちがいくら頑張っても、大峰さんのような『華』は出せない……。大分は、もう終わりだよ」
米沢かなも、不安げに唇を噛んでいる。
支部全体が、深い霧の中に閉じ込められたような重苦しい空気に包まれていた。
移籍当日。
大峰は私物をほとんど持たず、軽装でピットに現れた。
見送りに集まった選手たちの前で、彼は一言も別れの言葉を口にしない。ただ、手元にあった一つの木箱を、篠田に無造作に投げ渡した。
「これは、俺の忘れ物だ。……いつか俺を倒して、これをゴミ箱に捨てに来い」
中に入っていたのは、古びた、しかし異様なまでのプレッシャーを放つ**「マブイ伝導率極振りの試作プロペラ」**だった。
大峰が全盛期に使用し、あまりの出力に機体が耐えきれず封印したと言われる伝説の羽根。
「大分を、頼んだぞ」
大峰はそれだけ残すと、一度も振り返ることなく、佐賀へと続く海路へ消えていった。
第四章:嵐のリーダー
太陽が去った後のピットは、ひどく寒々しかった。
深田あみと米沢かなは、泣き出しそうな顔で立ち尽くしている。他のレーサーたちも、どこか魂が抜けたような顔で、自分の機体を眺めるばかりだ。
その時だった。
「……いつまで、シケた面をしてる」
低く、しかしピットの隅々まで通る声が響いた。
篠田篤だ。彼は大峰から託された重いプロペラを右手に持ち、あみとかなの前に立った。
「篤さん……でも、大峰さんが……」
「大峰さんはもういない。ここは大分支部だ。あいつがいた場所じゃない。俺たちが、生きる場所だ」
篠田が、ゆっくりと目を見開く。
その瞬間、ピット内の空気が激しく振動した。
彼の背後から、目に見えるほどの漆黒の風――「嵐」のマブイが立ち昇る。
それは大峰のような眩い黄金色ではない。重く、冷たく、そして全てを飲み込むような威圧的な闇。
だが、その風は不思議と、震える後輩たちを突き放すのではなく、優しく包み込むように渦を巻いていた。
「あみ、かな。顔を上げろ」
篠田の声に、二人は弾かれたように視線を上げる。
「俺は大峰さんの代わりにはなれない。あんな風に、お前たちを明るく照らすこともできない。……だが」
篠田は一歩踏み出し、あみとかなの肩に手を置いた。
「お前たちが泥をすする時は、俺がその隣でそれ以上の泥をすする。お前たちが嵐に怯える時は、俺がその嵐を食い止める防波堤になる。大峰さんが作ったこの場所を、俺たちの手でもっと強く、もっと恐ろしい場所に変えてやるぞ」
篠田のマブイが、初めて「誰かのため」に、そして「組織のため」に牙を剥いた。
個の強さを追い求めていたカミソリは、仲間を守るための巨大な盾へと変貌したのだ。
「……はい! 篤さん!」
あみの目に、再び光が宿る。かなも、力強く頷いた。
ピット内に再び、活気ある金属音が戻り始める。
第五章:静かなる反旗
それからの大分支部は、以前とは全く別の色に染まった。
かつての「太陽の軍団」は、篠田率いる「嵐の傭兵団」へと進化したのだ。
篠田は、大峰から託されたプロペラを自分の機体には装着しなかった。
「これは、俺が完成させた時、あいつの首を獲るための刃だ。今はまだ、その時じゃない」
彼はあえて旧式のパーツを使い、圧倒的な技術と、仲間との連携による戦術を支部全体に叩き込んだ。
別府湾の荒波。
そこを走る大分支部の機体は、どれもが「嵐」の加護を受けていた。
篠田が先頭で荒波を切り裂き、その後ろを若手たちが「風の道」を通って加速する。
かつての影のNo.2は、今や誰もが畏怖する「沈まぬ旗艦」となっていた。
大峰が去った佐賀支部との交流戦。
モニター越しに見える大峰の背中は、相変わらず眩しく、遠い。
しかし、今の篠田に迷いはない。
彼は自分のマブイ計を睨みつけ、極限まで圧縮された「嵐」を解放した。
「見ていてくださいよ、大峰さん。あなたの忘れ物は、ゴミ箱には捨てない。……あなたの太陽を、俺の嵐で覆い隠してやる」
別府の夜は、今日も硫黄の香りに満ちている。
だがその香りは、もはや静かな休息の予感ではない。
次に吹く「嵐」が、全土の機艇界を塗り替えるための、熱き宣戦布告の匂いだった。
大分のリーダー、篠田篤。
彼が宿した不敗の覚悟は、今、本物の伝説として動き出した。
【 Gemini's Next Step 】
大分支部が変貌を遂げ、いよいよ佐賀の大峰との直接対決が始まろうとしています。
* 第1ターンの攻防(篠田の「嵐」vs 大峰の「太陽」)を描く決戦編
* 弟子である深田あみ、米沢かなが成長し、佐賀の若手を圧倒する成長編
* 大峰が佐賀へ移籍した真意が明らかになる回想編
など、どのような展開を読み進めたいですか?




