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椿坂の勇者は、戦わずに勝つ  作者: 乾為天女


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第4話 甘い味付けvs塩辛い味付け、勝敗ではなく並走

 四月中旬の土曜日、椿坂商店街のアーケードは、朝の光で少し白っぽく見えた。まだ人の波ができる前で、シャッターの音が一枚ずつ、遠くから近くへ転がってくる。


 惣菜店の前の通りに、折りたたみ机が三つ並んでいた。机の脚の下には、まおが貼った養生テープ。端がぴしっと揃っている。


 「ここ、通路。ここ、並ぶ線」


 まおは床の白線の代わりに、テープの上を指でなぞった。子どもの指より少し太い線が、まっすぐ伸びている。


 慧理香は黙ってしゃがみ込み、机の角と角の距離を、手のひらで測った。近すぎれば人が詰まり、遠すぎれば声が届かない。ノートのページを一枚開き、鉛筆で小さく丸をつける。立ち上がるとき、机の角を一度だけ指でなぞってから離した。


 晴翔は、惣菜店の揚げ場から受け取った小さな紙皿を両手に重ね、ずらりと並べた。そこに、和菓子屋の団子が届く。魚屋からは、塩焼きの切り身が届く。昨日までの言い合いが、今朝は無言で段ボールに収まっている。


 晴翔は団子の横に、小さな味噌の瓶を置いた。ふたに手書きで「塩みそ ちょい」とある。塩焼きの横には、柚子だれの小瓶。「甘い ちょい」。


 魚屋の店主が腕を組んで、瓶を見た。

 「おい。魚に甘いもん、かけるなよ」


 和菓子屋の店主が鼻で笑った。

 「団子に味噌? 魚の影響、受けすぎだろ」


 晴翔は、二人の間に紙皿を置いた。前と同じ。口より先に、という顔をする。


 「勝ち負けの話、今日は休みにしよう。えっと……土曜だし」


 まおが即座に突っ込む。

 「休みじゃないよ。ちゃんとやる日」


 晴翔は肩をすくめ、紙皿を一枚ずつ配った。

 「じゃあ、並走。どっちも走って、どっちも息切れしないやつ」


 最初の客は、犬の散歩をしているおばあさんだった。首輪の鈴がちりんと鳴り、犬が紙皿の匂いに鼻をひくひくさせる。


 「食べられないよ」と晴翔が犬に言い、笑いが小さく起きた。


 おばあさんが団子を一口かじり、味噌を指先でちょんと乗せた。眉が上がる。

 「あら。あんこが……引き締まる」


 魚屋の店主が思わず身を乗り出す。和菓子屋の店主も、悔しそうに近づく。


 次に塩焼きへ柚子だれが落ちる。甘いのに、香りがさっぱりして、口の中が軽くなる。おばあさんが笑って、犬の頭を撫でた。

 「これ、孫が好きそう」


 その一言で、通りの空気がほどけた。甘い派と塩辛い派のどちらかに立っていた人が、紙皿をもう一枚受け取りに来る。背中を向けたままの人もいるけれど、足だけは止まっている。


 まおは机の端に、二枚の札を置いた。どちらも同じ大きさ、同じ太さの文字。片方に「団子の良いところ」、片方に「塩焼きの良いところ」。


 和菓子屋が持ってきたチラシには、太字でこう書いてあった。

 『魚の塩なんて古い! 団子の甘さで心を丸く!』


 魚屋が持ってきた紙にも、負けじとこうある。

 『甘いだけの団子は子どもだまし! 本物のうまさは塩!』


 まおは二枚を重ね、無言で返した。笑っていない。


 「相手を下げる文は、載せない」


 和菓子屋が口を開きかけ、魚屋が勝った顔をした。まおは二人の真ん中に、白い紙を置く。


 「いいところだけ。文字数、同じ。……ここ、大事」


 慧理香が鉛筆を差し出した。握りやすいように、削ったばかりの角がないやつ。まおが受け取り、机の角にまっすぐ置く。


 和菓子屋はぶつぶつ言いながらも書き直した。魚屋も、舌打ちしながら書き直した。二人の文は、いつもより短い。短いぶん、余計な刺が消える。


 昼前、紙皿の山が半分になったころ、晴翔はクリアファイルを開いた。中に一枚の紙がある。上に太字で『協力者名簿』。今までは、白いままだった。


 晴翔はボールペンを差し出し、魚屋の店主の前に置いた。

 「名前、ここに。店の名前でもいい」


 魚屋の店主は、わずかに間を置いてから、乱暴な字で店名を書いた。書き終えると、ペン先を紙から離すのが惜しいのように、数秒止まる。


 和菓子屋の店主はそれを見て、鼻を鳴らしながらも同じ欄の次に書いた。二つの店名が並ぶと、紙が急に現実味を帯びる。


 まおが、紙の端を押さえた。

 「ありがとう。今日来た子どもたち、また来やすくなる」


 慧理香は視線を落としたまま、ノートを開いた。そこに、さっきの二つの文字数を小さく書き込む。揃っている。揃っていることが、少し嬉しいらしく、咳払いが一回だけ軽くなる。


 通りの向こうで、いつもの煽り声が上がりかけた。

 「お、またケンカ――」


 晴翔は紙皿を持ち上げ、声の方へ歩いた。喧嘩の場へではなく、味見の場へ引っ張る歩き方だ。

 「はい。食べてから言って。口は、そのあとで」


 笑いが起き、列が一本できる。名簿の空白が、ゆっくり埋まっていく気配がした。九月末までの時間が、ただ逃げるものじゃなく、数えられるものになる。


 まおはテープの線を踏み直し、晴翔の横に並んだ。同じ方向を向いて、同じ速さで。


 晴翔が小声で言う。

 「並走、できてる?」


 まおは返事の代わりに、紙皿を一枚、晴翔の手に足した。甘い団子と、塩焼き。両方。



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