持病の癪
城浜のサファリパークにあるトイレから出ると、姉さんが腕を組んで待っていた。
ジロジロと私を上から下までなめるように見た後に、なぜか『プッ』と吹き出して笑いだす。
「姉さん。何が面白いの?」
「えーっと。そうそう! 舞は本当にかわいくなったなぁ、と思ったわけよ」
は、はい?
手を洗いながら、鏡で容姿をチェック。
変なものがついていたりしてない。
髪型もいつも通り、束ねて前に垂らしているし、枝毛チェックも大丈夫。
後ろに変なものもついていないし、汚れてもいない。
なにか変なところがあるなら教えてくれてもいいのに。
「姉さん。」
「大丈夫! 何もついてないし、いつものかわいいかわいい、舞だから!」
「それは、姉さんは自分がかわいいと言っているのと同じだけど?」
見た目は髪型以外、全く一緒だし。
「うんうん。わたしもかわいいでしょ?」
いや、まぁ、そうだけど。
異常なテンションの姉さんと一緒にトイレを出て、車に戻る。
車に乗り込むと、パパとママは温かいお茶を入れてくれたので、ちびちびと飲み始める。
すると車はゆっくり動きだし、放し飼いされている動物たちの中へと入っていく。
「サファリパークって初めてだから楽しみ」
実は前世の記憶では『入った事はある』ということだけは覚えているのだが、中がどうなっているかなどは全く覚えていないのだ。
「そうかぁ。実は俺も初めてだから楽しみだ。お、あれはヌーだな!」
パパは楽しみなのか、子供のようにはしゃいでいる。
ここは草食動物のエリアみたいで、シマウマが数頭、群れて走っている。
チラッと姉さんを見ると、緊張した面持ちで外を眺めている。
「お、次は肉食動物のエリアだ! ライオンがいるぞ」
ほうほう、少し離れたところでライオンが寝転がっている。
野生感は皆無で、平和をむさぼっているという感じだな。
などと思っていると、車が急停止した。
「お、おい、ちょっと!」
「まぁ!」
車の前で女性がお腹を抑えながらうずくまっていた。
パパは車を運転して女性の横につけた。
「ちょっと、君! こんなところで何してるんだ!」
パパが珍しく大声をあげて怒鳴っている。
「うううう、持病の癪が。
く、車に乗せてください・・・」
は?
こんなところで行倒れ?
「早く乗りなさい!」
パパが大慌てでドアを開ける。
するとライオンがむくりと起き上がってこちらに近づいてきていた。
「あ、ありがとうございますぅ。
あなた、本当にいい人ですね」
全く緊張感がない、のんびりした口調で、もたもたと運転席に入ろうとする。
だが後ろから駆け足で迫ってくるライオンを見て、パパが青ざめていくのがわかる。
「ちょっと急いでくれませんか!」
パパが女性の腕を引っ張って車の中に強引に引き込むと、ドアがパタンと自動で閉まり、ゆっくりと車は動き出した。
「はぁ・・・」
なぜか溜息をつく姉さん。ちょっと怖くなかったの!?
「あなたぁ」
「ど、どうした明日香」
「右手!」
おおお、パパの右手が女性の胸をつかんでいた。いわゆるラッキースケベと言うやつだな。
ママから吹き出す明らかな不快感を感じたであろうパパが、慌てて胸から手を離すと、乗りかかっていた女性がむくっと起き上がる。
「大丈夫ですか。
すぐに公園から出て病院に行きましょう」
「あ! 治りましたぁ!」
なおったの?
女性は這いずるように前席の隙間を通って後部座席まで移動し、私と姉さんの間にストンと座った。
「そ、そうですか。でもどうして、サファリパークの中でうずくまっていたのですか?」
そう、それ。よりによって肉食猛獣が放たれてるエリアで現れるってありえないでしょ。
「ちょっと道に迷っちゃいましてぇ」
「道に迷った!」
絶句するパパ。そもそも道に迷ってサファリパークの肉食動物エリアのど真ん中まで来れるものなの!?
「外に出たらすぐに降りますので、お構いなくぅ」
「は、はぁ」
するとパパとママは外を見始めた。
「こんにちは。大変だったみたいですね」
姉さんが女の人に声をかけると、彼女はぷいっと反対にいる私の方を向いたあと、スマホにポチポチと打ちこみ、それを姉さんに向ける。
それを見た姉さんもポチポチと打ち込み始めた。
私の方を向きながらポチポチとスマホに打ち込む女性。
どんなやり取りをしているか気になるが、覗き見防止機能があるので内容を知ることはできない。
まぁ、最近は姉さんのとても強い要求でスマホの見せ合いをしているから、後で見せてもらう事にする。
「本当に可愛い女の子ですねぇ」
スマホへの打ち込みを止めて、私に話しかけてくる女性。
「そうですか」
まぁ、よく言われるので特に嬉しいわけではない。素っ気なく返しておく。
「そういえばお化けが襲って来るって大変ですねぇ(笑)」
む、なんで知ってるのだ?
姉さんをチラッと見ると、元気なくポチポチとスマホに打ち込んでいる。時々ペコペコと頭を下げている。
これってあれだ。前世知識で、お客さんからのクレーム電話があった時に、電話越しなのに頭を下げているのと同じ感じがする。
一体誰とチャットしてるんだ?
「本当に大変です。そういえばお腹はもう大丈夫なのですか?」
「はいぃい。
時々、昔弓矢で射られた所が疼くんですぅ」
「弓矢ですか?」
「ええ、敵いませんよぉ。
家に帰る時に後ろからドスッですよぉ」
ふむ。ひょっとしてクロスボウとかで撃たれたのかな。
鳥とか狙って撃っている人が稀にいるらしい。
まぁ、深く立ち入るような話ではないのでスルーしておく。
「まぁ、これだけ対策していれば、お化け(笑)大丈夫だとは思いますけどぉ。
根本的な対処はした方がいいですよぉ」
「根本的?」
「これはぁ、呪いですからぁ(笑)」
ところどころでケタケタと笑っているのはカチンとくるけど、何かあのお化けを退治する方法があるなら聞き出さないと。
「あの、私、呪われている?
誰かに恨まれてるとかですか?」
「うーん。恨まれてはいないけどぉ。
自分から呪われに行ってるって感じぃ?」
自分から呪われに行ってる。なんだろう。
「まどろっこしいのは嫌なので、具体的に教えてください」
「お断りしますぅ。私、あなた達嫌いなんですぅ」
イラリ。
「あの、私、何かしました?」
落ち着こう。お化け対策と言う価値のある情報の為だ。
すると車が止まり、ドアが開いた。
「あ、ありがとうございます。お騒がせしましたぁ」
女性がパパとママの方を向いてお礼を言うと、二人はビクッと震えた。
そしてスルスルと私の前を通って車の外に出て、歩いていった。
とりあえず追いかけようとすると、俯いて姉さんが私の腕を引っ張る。
どうしたのかな?
「あ、ああ。いつの間についたんだ」
「あらあら、私、寝ていたのかしらぁ」
パパとママはきょろきょろと周りを見回しているけど、あの女性の事は完全に忘れているみたいだ。




