お化け対策と姉さんの変化
「舞!
大丈夫!」
姉さんが後ろからやってきて、私の肩を抱いた。
「うん・・・」
姉さんに引っ張られて店舗の奥に移動しながらさっきのお化けについて考える。
オカルトなんて非科学的なものは信じたくないが、よく考えると私に前世の記憶があること自体が非科学的そのものだ。
私は今、超常的な存在に命を狙われている。それは疑いようのない事実だった。
あのお化けが放った言葉を思い出す。
『わがせのきみの無念か』 スマホで調べると、「わがせのきみ(我が背の君)」とは最愛の人、あるいは夫を指すらしい。
AIアバターのカクレクマノミに尋ねると、「最愛の人と非業の死などで引き裂かれた背景が考えられる」との回答が返ってきた。
「ちゃんと戻っていたか。心配したぞ」
忠雅さんが息を切らして近づいてきた。
「探してた?」
「当たり前だろ。倉庫が真っ黒になったんだ。
転んだりしてないな?」
「大丈夫」
ふむ、心配してくれているのか。
「おい、首に変なアザがついてるぞ?」
その言葉に、背後にいた姉さんの空気が一変した。
忠雅さんが怪訝そうに、私の首筋に残った「跡」に触れようと指を伸ばす。
指が肌に触れる直前、姉さんの手が割り込み、忠雅さんの手首を力強く掴んで止めた。
「そのアザに触れるのは、お勧めしないかな」
姉さんの声は静かだったが、底冷えするような響きがあった。
「ん? なぜだ?」
「それは、あまり良いものではないというか・・・。
うーん。舞の首筋におじさんが触れるなんて、ちょっと許せないかな。」
姉さんの瞳の奥に、鋭い光が宿る。
忠雅さんは息を呑み、弾かれたように手を引いた。
「俺、何度も言うが中学生だぞ?
まぁ、そうか。分かった。悪い、邪魔したな。えーっと、急用を思い出した。俺はこれで失礼するよ」
忠雅さんは引きつりながら、慌てて店を出ていった。
なんか、姉さんちょっと怖いな。
と、とりあえず自動給餌器を探しに行くか。
「舞。危ないから一緒にいよう」
「危ない?」
「うん。雷怖いからね!」
姉さんも雷が苦手らしい。
さっきのお化けの件もあるし、側に誰かいてくれると安心する。
私たちは小華と一緒に手乗り文鳥の飼い方を聞いたあと、自動給餌器を買って帰ることにした。
移動中、AIアバターにお化け対策を聞いてみる。
「非科学的だ」と一蹴されるかと思いきや、盛り塩やお札といった対策が並んだ後に、しれっと『精神科の受診を推奨します』という一言があったのは少しダメージを受けた。
盛り塩は人工海水用の塩を持っておこうかな。
お守りはどうしよう。
「神社にお参りに行く」
「はい? いきなりなんですの?」
小華が目を丸くする。
「文鳥が健やかに育つようにお祓いを受けるべきだと思う」
「まぁ、私は構いませんけど。
意外と古風なことをおっしゃいますのね」
「いいんじゃないかな。
じゃあ、私のおすすめの神社に行こうか」
姉さんの案内で向かったのは、自宅近くにある稲荷神社だった。
有名な大神社かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
小さな売店でおばさんから家内安全のお守りとお札を購入する。
お祓いも受け付けてくれるようなので、お願いすることにした。
「ウカ様は位が高いから、あの糞お……じゃなくて、文鳥がよく食べてよく育つようになるかな」
「ウカ様ってなんですの?」
姉さんが得意げに話すと、小華が不思議そうに聞き直す。
「この神社の主祭神のことかな」
「そうなのですね」
拝殿に移動すると奥から、一人の巫女が姿を現した。
彼女が足を踏み出した瞬間、境内の空気が一変する。
先ほどまでの長閑な空気は消え、肌が粟立つような、圧倒的な何かが場を支配した。
「ウズメ・・・」
姉さんが隣で小さく呟いた。
巫女が舞い始める。 その動きは優雅というより、奔放で力強い。鈴の音が鳴り響くたび、私の首筋にまとわりついていた違和感が、熱風に煽られるように霧散していくのが分かった。
(久しぶりね。海辺のボランティアの時以来かしら。)
頭の中に、直接、艶やかな女性の声が響いた気がした。
む、空耳かな?
今日はつくづく超常現象に縁がある日だ。
巫女は最後に一度、楽しそうに鈴を鳴らすと、ふっと憑き物が落ちたような顔で舞を終えた。
手鏡で 私の首のアザは、赤みが引いて、少しだけ痒みが残る程度のものに変わっていた。
(ばいばい。
あの天邪鬼によろしくね。)
・・・
・・・
・・・
今の、ひょっとして巫女さんの声?
じっと彼女を見つめると、巫女さんはポリポリと頬を掻きながら、何事もなかったかのように拝殿の奥へと消えていった。
慌てて追いかけたが、そこにはもう、巫女さんの姿はなかった。
「舞!
早くいこ。」
姉さんの呼びかけに我に返る。
姉さんに連れられて向かったのは、境内の端だった。
湿った藪の奥に、忘れ去られたように鎮座する小さな石の祠。そこには、文字も消えかかった古い石碑が立っていた。
「ここ、なんだか空気もジメジメしてるし、早く帰ったほうが良いと思いますわ。」
小華が心細そうに服の端を掴む。
「何を言ってるかな!
ここはとってもご利益のある女神様の祠なんだからね!」
「そ、そうなのですの?」
困惑する小華からから目を離し、姉さんはその苔むした祠にそっと指先を触れる。
その瞬間、空気の震えが変わった。姉さんの周囲だけ、陽炎のように景色が一瞬、ゆらりと歪む。
「しっかり、拝むの!
わかった!?」
姉さんは少し強引な口調で私を促したので、私が祠に向かって手を合わせ『超常現象退散』を願った。




