お化け
いるんじゃないかと思っていたが、やはりいた。
「よぉ」
イラッとくるほど明るい笑顔。
身長は170cmオーバーだろうか。
私より40cm高い海原さん以上のジャイアントぶりで、並んだら親子に見られそうだ。
「こんにちは、忠雅おじさん♪」
私があいさつした瞬間、忠雅さんはフリーズ。
「「ぶっ」」
横にいた姉さんと小華が同時に吹き出した。
「は、ははは……」
引きつった笑いを見せているが、けっこう動揺しているみたいだ。
アキラ兄さんよりも背が高くがっしりとした体に、よーく見ると下あごの髭を剃った跡がある。
「冗談ですよ?」
「いや、確かに親子に見える気がするかも」
「もぅ。忠雅様は老け顔を気にしてらっしゃると有名なので、やめてあげてくださいな」
姉さんと小華が容赦なく傷口をえぐっている。
「ははははは。俺はまだ中学生だぞ?」
ちょっと可哀想になってきたな。
「ギニアバタフライ、見せてください」
にっこり笑って要件を伝える。
もう余計なやり取りはいい。さっさとブツを見せてもらおうじゃないか。
「あ、ああ……。店長、いいよな?」
「んー……まぁ、いいですよ」
中年のおじさんの後ろについていく。
姉さんもついてこようとしたが、小華に腕を引っ張られ、そのまま文鳥のコーナーへ連れて行かれてしまった。
「今日、連れて帰るの?」
「いや、延期することにした」
「そうなの?」
「ああ。新規で立ち上げたんだが、ライブロックを触ったせいか亜硝酸が上がっててな」
「そう。……ひょっとして、毎日水質を計ってるの?」
「あたりまえだろ」
ふむ。堅実だ。
慣れてくると、生体の調子が悪くなったときだけ水質を測るスタイルになりがちだが、基本に忠実であることは何より大切だ。
空調の効いた倉庫には、50リットルほどのトラ舟バケツがずらりと並び、その中ではさまざまな魚が泳いでいた。
さらに奥へ進むと、90センチほどの水槽がいくつも並んでいて、そのうちの一つには、ギニアバタフライが一匹だけ、まるで水槽を占有するように悠々と泳いでいた。
白・黒・黄色の鮮やかなコントラストに、太い黒帯が二本走る特徴的なチョウチョウウオ。
深場に生息するため入荷は少なく、希少性が高い。
レアゆえに値段も張るし、もし☆になったときのダメージが大きすぎる。
だから、わたしは手を出す気にはなれない。
「店長、荷物が届きました。検品お願いします」
男性店員に呼ばれた店長は、「ゆっくり見ていってください」とだけ言い残し、倉庫の外へ歩いていった。
「これ、いくらしたの?」
店長を見送りつつ、値段が気になって聞いてみる。
忠雅さんはスマホのメッセージを確認すると、「すまん、すぐ戻ってくる」と言って、そのまま外へ出ていってしまった。
・・・
・・・
えーっと。
周りには誰もいないんですけど、部外者を倉庫に放置して大丈夫なんですか?
まぁ、いいか。
周りを見渡すと、さすが大型店舗を構えるショップだけあって、実にいろいろな生体がいる。
『ゴロゴロゴロゴロ』
ん?
雷の音だ。どうやら激しい雨が降り出したらしい。
昔から、雷はどうにも苦手なんだよね。
・・・
・・・
昔から?
ふむ、少し記憶が戻ったようだ。
この調子で、少しずつ失った記憶を思い出していくのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
せっかくだし、いろいろ見せてもらおうか。
周りを見渡して、まず目に飛び込んできたのはプテラポゴン・カウデルニィーの群泳だった。
銀色の体に黒いストライプという特徴的な模様が、照明に反射してきらきらしている。
いいね。
ニシキヤッコが落ち着いたら、この子たちも迎え入れたいところだ。
『ドカーン』
おおう。
どうやら近くに雷が落ちたらしく、倉庫の照明が一気に消えた。
周囲が薄暗くなって、ちょっとだけ心細い。
店舗に戻るべきか・・・。
いや、ここで待ったほうがいいのか?
うーん、判断に迷う。
「えっ?」
どうしようか考えながら水槽を覗き込んでいると、ガラスに映った“私の顔”が、にやりと嗤った。
その瞬間、身体がぴたりと動かなくなる。
ホラーですか!?
心の中で叫んだものの、声は出ない。
映っている顔は、いつの間にかどこかで見覚えのある女性のものへと変わっていた。
黒いモヤに包まれた手が、ゆっくりと、まるでためらいなく私の首へ伸びてくる。
『我が背の君の無念・・・。
あの女の最愛の伴侶を殺し、同じ苦しみを・・・』
え!?
いやいや、絶対に人違いでしょ。
私が“女性の伴侶”になるわけない。
女の子なんですけど!
見て分かるでしょ!
く、苦しい・・・。
『ドカーン!
バリバリバリバリッ』
雷が落ちたような音が、何度も倉庫に響き渡る。
その衝撃に合わせるように、体から血の気がすうっと引いていった。
これ、ひょっとして死ぬのかな?
水槽のガラス面には、落雷にためか燃え上がる木が映りっている。
誰か・・・
助けて・・・
「人、違い。
私、女・・・」
『何ぃ・・・』
ホッ・・・
ちょっと首を絞める力が弱まった。
私の胸をポンポン叩いた後、また強く絞め上げてきた。
『嘘をつくなぁ・・・』
し、失礼な!
まだ十歳の女の子に、そんなに胸があるわけないだろ!
あ、海原さんがいるか・・・。
「下を・・・」
すると今度は私の下腹部から股間をポンポンと叩く。
『女・・・』
なんか物凄く傷ついたけど、人違いだと分かったらさっさと離してほしい。
・・・
・・・
『バン』
周りは明るくなった。
照明が回復すると同時に眼の前の女性の姿は消えた。
『次は殺す・・・』
なっ・・・!
なんでそうなるの!




