姉と私の悪夢
「逃げてぇ!!!」
姉さんの叫び声に、私は飛び起きた。
振り返ると、姉さんは肩で息をしながら、荒い呼吸を繰り返していた。
「姉さん、大丈夫?」
「う、うん・・・大丈夫だよ・・・ちょっと怖い夢を見ちゃって」
「どんな夢なの?」
「大切な人が雷に撃たれる夢・・・かな」
むむむ。姉さんに大切な人・・・だと?
昨日は姉さんに忠雅さんのことを、かなりしつこく聞かれた。
正直、ちょっと勘弁してほしいというレベルだった。
初対面だし、趣味が同じだから情報交換したいだけだと説明したが、ものすごく嫌な顔をされた。
「やっぱり魚に釣られた」と言われた時は、さすがにカチンときた。
さらにパパは「海水魚の勉強をするから情報交換相手は私にしなさい」と言い出す始末。
「毎日、舞の惚気話を聞かされたらパパは発狂する!」と、本気で嫌みたいだ。
明日、アロワナ水槽のセッティングに来るのに、「海水魚に変更する」と言い出すし、本当に大変だった。
だからこれは姉さんの大切な人を聞き出して、パパに告げ口すべきだろう。
そして「姉さんと私の惚気話をステレオで聞きたい?」と耳元でささやけば、何でもしてくれそうな気がする。
パパが忠雅さんのことが気に入らないなら、徹底的に潰してもらって構わないと思ってる。
そもそも、あいつが私をド素人と言ったことは、しっかり閻魔帳に彫り込んである。
整理しよう。
私にとって最もメリットが大きいのは、パパにアクアリストになって貰う事。
姉さんに大切な人がいる事を告げ口すれば、本気で勉強するだろう。
須藤さんのお父さんの様にガチ勢になれば、さらに良い。
そうだ、パパのお金で海水水槽でも買ってもらおうか。
パパの財布で大型水槽♫
すぱらしい!
私って天才かも!
「パパの財布で水槽? 悪いこと考えてるんじゃない?」
えっ!? なんで分かるの!? 声に出してた!?
「姉さんの大切な人って誰?」
・・・まぁ、そんなことより問い詰めることにする。
「あ・・・」
ほぅ、しまったという顔。やはりギルティか。
「自白を推奨する。」
「えっと・・・舞のこと、かな」
ふむぅ。悪い気はしないが、どこか嘘の匂いがする。
「嘘は良くない」
「嘘じゃないってば!」
ふーん・・・。
「なら、咲夜に聞いてみる! 姉さんのクラスの男子以外、考えられない!」
「いいよ。むしろユキや春奈にも聞いてほしいくらい」
自信満々じゃないか・・・つまりクラスの男子じゃない!?
じゃあ、一体誰だ・・・。
「本当に聞いてもいいの?」
「もちろん。」
「つまりクラスの男子じゃないとすると、誰なの?」
「ふふ。
あなた以外に大切な人はいないかな。
今も昔も、これからも。」
「む、むぅ。」
口を割らせるのは無理な気がしてきた。
「そうだ!」
「何?」
「これからはメッセージの内容を毎日全部見せ合うことにしよっ!」
「え・・・」
今は困ることはないけど、これから先もとなるとプライバシーが筒抜けになるのは嫌だ。
「嫌なの?
あの男とのやり取りが心配だし、いいじゃない。」
「でも・・・」
「やましいことでもあるのかな?」
くっ。
どうして私が逆に追い詰められていくんだ。
「分かった」
了承すると、姉さんはすぐに私のスマホをチェックし始めた。
私も姉さんのメッセージを覗いたが、男子とのやり取りはまったくなかった。
眠くなってきたので、スマホを返して布団に潜り込む。
釈然としない。
こういう時は超巨大イソギンチャクのぬいぐるみを置いて潜り込む。
はぁ、落ち着く。
・・・
・・・
・・・
スヤァ
目に前に平安時代のお姫様のような服を着た女性が悲しそうに私を見つめている。
声をかけようとするが、身体は動かないし声も出ない。
しばらくすると急に周りの景色が変わり、私は木造りの大きな門の前に立っていた。
前には陰陽師のような深紫の服に冠の男性。
その男性に頭を下げる女性。
そして、男性の横に黒い巫女姿のサグメさんがいた。
しばらくすると、目に前にいた女性が雉の姿になり、太陽に向かって飛び立っていった。
「このまま行かせてよろしいのですか?」
「ふん。あやつなら主をうまく誤魔化すことができよう」
サグメさんが妖艶な笑みを浮かべて隣の男性に話しかけると、彼は不快そうな顔をした。
「鳴には不吉なものを感じます。」
「どういうことだ。」
「主様に、あなた様の裏切りを伝えるでしょう。
滅ぼすはずの敵国の姫を娶り、寝返ったことを知った主様は、
あなた様にどのような恐ろしい報復をなさることか。」
「そのようなこと、あるはずがない。
鳴は誓詞に誓い立てたのだ。」
「私は、あなた様のように宝珠を持つ者以外は、
言葉を交わした相手の心を読み、未来を知ることができるということを
お忘れではありませんか?」
・・・
・・・
・・・
「本当なのか?」
「はい。」
「では、儂はどうすれば良い?」
サグメさんが私に目配せをすると、身体は勝手に動き出し、目の前の男性にひざまずいて弓と矢を差し出した。
「主様より賜りしその神矢を使えば、鳴を射ることができます。
今を逃せば、もう機会はございません。」
「主からの使いを射殺せと言うのか!」
サグメさんは頷き、一歩私のほうへ下がった。
男は少し思案した後、弓を構え、太陽へと飛んでいく雉に矢を放つ。
矢は遥か遠くの雉を射抜いた。
「これで良いのだな。」
「はい。」
男が門の中に入ろうとすると、太陽が真っ赤になり、空も赤く染まった。
「旦那様!
早く門の中へ!」
先ほどのお姫様のような女性がこちらに向かって走ってきた。
男も急いで門の中へ入ろうとしたが、サグメさんが手をかざすと「バン」と音を立てて門が閉ざされた。
「サグメ!
貴様! グワァー!」
男の背中には、先ほど放った神矢が突き刺さっていた。
「これが私の役目。
主様を裏切ったあなた様と鳴が悪いのです。」
男の身体は真っ黒に染まり、地面へと倒れた。
サグメさんは矢を抜き、私に渡した。
「何も言わず、その矢を持って帰りなさい。
きっと主様はあなたを咎めることはないでしょう。」
彼女は言葉を交わした相手の心を読み、未来を知る。
何も言わなければ、相手の心は分からない。
「サグメ様、あなたも一緒に逃げましょう。」
心を読まれても構わない。彼女を置いて一人で逃げ帰るわけにはいかない。
「わ、わかりました。」
サグメ様の顔がみるみる真っ赤になっていく。どういうことだろう。
私はサグメさんの手を引き、真っ赤に染まった太陽へ向かって走り出す。
「嫌ああああああ!」
先ほどの女性の悲鳴が響き渡り、木々はざわめき揺れた。




