私の為に争わないで下さい
色々検査を受けた後、結局5日で退院して自宅で経過観察となった。
兄のアキラ君と澪ちゃんが面会にきたが、その時にアキラ君が残した「今は家に戻らない方がいいかもしれない」という言葉が気になる。
退院の日は明日香さんが異常に薄くて軽い枠付きのガラス板のようなタブレットを持ってきて、写真や動画を俺に見せくれた。
動画に写ってる舞さんはボーっとしていて、表情の変化があまり無く、まるでお人形さんのようだった。
逆に澪ちゃんは大声で笑っていたり、泣いていたりと表情の変化が多く、活発な女の子という感じがする。
見た目はほとんど同じだけど、双子だとは思えないくらい性格に違いがあるように見える。
そんな事より気になるのがこのタブレットだ。
画面を指を使って操作するという馴染みのあるやり方もできるが、会話モードといったらいいのかわからないが、声を出さずに口のわずかな動きだけでAIと会話が可能。
さらにタブレットからの応答は指向性の高い音源とノイズキャンセリング技術を使っているらしく、本人以外は聞き取りにくくなっている。
もちろんAIさんに教えて貰った事だが、30年の進化はすごいなと感じた。
退院手続きが完了後、徹君と明日香さんに連れられて病院の外にでると、ごっつい高級ワゴン車が病院の入り口まで入ってきた。
スライドドアが開くと中には髪の毛が真っ白な爺さんと婆さんが座っていて、俺をみながらポンポン席をたたき、爺さんと婆さんの間に座るように促された。
「えっと・・・」
「舞のお爺さんとお婆さんよ。」
「私は景山キララ。
あなたのお祖母ちゃんになるわ。
ほら、遠慮しないで横に座わって。」
ああ、このハリのある声は聞き覚えがある。
入院の準備をしてくれたお婆さんだ。
「し、失礼します。」
キララお婆さんは微笑んでいるけど、横のお爺さんは鋭い目つきで俺を睨んでいるので少し怖いな。
恐る恐る車の中に入ってちょこんと座ると続いて徹君と明日香さんは前の席に座る。
対面式のシートかぁ、こんな車初めて乗るな。
全員座るとスライドドアは勝手に閉まり、車が勝手に動き出した。
ハンドルがくるくる勝手に回るの見て、昔テレビで見た事のある無人タクシーを思い出す。
「舞、儂は景山雅孝だ。
お前のお父さんのお父さん、つまり祖父になる。
覚えているか?」
この威厳のある声。
高天大学病院に電話していた人だな。
声は覚えているが、気を失ったふりをしていたから知らないことになる。
嘘をつくような気がして気が進まないがフルフルと首を横に振る。
「そ、そうか。」
お爺さんは目をそらすように窓のほうを向いてしまった。
気まずいな。
「あ、あの・・・
怒りました?」
「怒ってない!」
うお!
めっちゃ怒ってるわ。
どうしよう。
「あなた!
言い方!!」
キララお婆さんが怒りながらカバンからタオルと金縁のサングラスを取り出して雅孝爺さんに差し出すとひったくるように奪い取って、ごしごしと顔を拭いたあとサングラスをかけた。
え、なに?
極道的な感じになったんだけど。
徹君と明日香さんを見ると、しょうがないなぁという微妙な表情で雅孝お爺さん見てる。
「徹!」
「なに?
お父さん。」
怖えーー。
今度は徹君に向かって吠え始めた。
「舞がこんなことになって、お前はいったいどうするつもりなんだ?」
ええぇえええ・・・
すんません。
こんなことになって、まじですみません。
「また、その話?
業者に頼んで階段には滑り止めつけた。
手すりも左右につけた。
やれることはやったと言ったよね」
「だから、ぬるいと言ってるだろ!!!
また事故が起ったらどうするんだ?
子供部屋は母屋に移す!!!
これは社長命令だ、平取はだまって言うこと聞けや!!!」
「だからぁ、これは社長とか関係ない話だから!」
「それにお前が儂のいうことを聞かないから、病院で喧嘩になるって舞の見舞いにも行けなかったんだぞ!
いったい、どうやって責任とってくれるんだ?」
二人は完全にヒートアップして、前のめりになって言い争いが始まった。
喧嘩の原因は階段から落ちたことか・・・。
これは本当に申し訳ない・・・
「二人とも、舞の前で何を争ってるのかしら?」
キララお婆さんが二人の喧嘩に割り込んでくると二人はピタッと喧嘩を言い争いをやめ、溜息をついた後にシートにもたれかかった。
気まずいなぁ・・・
「舞、あなたも二人になにか言いなさい。」
むぅ・・・
「あの、心配かけて、ごめんなさい。
それと、お願いだから、私のために争わないでください・・・」
女の子らしい感じで気の利いたセリフを絞り出してみたが、どうだろうか?
「何をいってるんだ!
悪いのはあの滑りやすい糞階段と放置してた徹だ!
舞は全くわるくないぞ。
むしろ被害者だ!」
雅孝お爺さんは俺のほうを向いて、大声で怒鳴る。
怖いから!!
「あ~な~た。」
「わかってる。」
キララお婆さんが俺を守るように引き寄せて、怒気を漂わせながらにっこり笑うと、雅孝お爺さんはシートにもたれかかり窓の方に向いた。
アキラ君が言ってたのはこの喧嘩の事だったんだな。
確かにこれは居づらい。