須藤家の水槽
授業が終わって、送迎の車に須藤さんと乗り込むと澪が不機嫌そうに座って待っていた。
「舞。
言いたいこと分かるよね?」
「好きな人なんていない。
ただの寝言に大騒ぎし過ぎ。」
寝言の事だと思うが、別のクラスにいる姉さんの耳にも届いているみたいだ。
「ふ~ん。
寝言で『一生大切にします。結婚してください』って言ったんだよね。
いないって言われても信じられないなぁ」
「私もそう思う。」
須藤さんも相槌する。
信じないと言われても、いないことを証明なんて出来るわけがない。
チラッと助手を見ると工藤さんが聞き耳を立てているのがよく分かる。
つまり、これはパパやママの耳にも入るということか。
そういえば、瑠璃お婆さんが咲夜の兄さんと私を付き合わせさせようとしていたけど、あれはどうなったのかな。
「姉さんと一緒にいない時間なんてほとんどないから、男の人と会う機会なんてない。」
「うーん。
確かに学校の授業中と休み時間だけだよね。
舞と私が一緒にいないのは。」
そう、普段は常に一緒にいる。
風呂まで一緒に入るので、後はトイレだけかな。
一緒にいないのは。
そして姉さんの交友関係はほとんど知ってるし、姉さんも私の交友関係は知っている。
「クラスの中の男子かな?」
うーん、絶対にいる前提。
こういう時は考えてみる。
もし、姉さんが誰かと結婚するといい出したとする。
む、結構不快だな。
記憶を失ってはいるが、生まれてからずっと・・・
いや、生まれる前からずっと一緒だった相方と離れるのは、物凄く嫌だ。
この感情がおそらく今の姉さんにある。
こういう時にやって欲しい事は、私が一番大切に思われている事を実感したい。
ふむ、これは事案って奴になりそうね。
「なに?
なにニヤついてるの?」
ちょっと不機嫌のレベルが一つ上がった。
私は姉さんとピッタリ引っ付いて腕に抱きつき耳元でささやく。
「一生大切にするのは姉さんだけ。」
姉さんの顔がみるみる真っ赤になった。
夢の中のサグメさんのようだ。
「え、え?」
「姉さん以外興味ない。」
そう、普段よりべったり引っ付けばいい。
「ま、舞ぃ
私も一生大切にするよぉ!」
おお、思いっきり抱きしめられた。
ちょっと苦しいのだけど?
「おおおお
こ、これは
やはり噂通り景山姉妹は重度のシスコン同士だったのか!
謎はすべて解けた!」
お、いい感じに落としどころが見つかったな。
まぁ子供のうちはシスコン仲良し姉妹でいいか。
車は須藤さんの家についた。
3階建の一軒家で1階にガレージがある、よく都会で見かける細長い家だ。
「帰りは電車で帰る」
工藤さんに伝えると、1時間後に迎えに行くとあっさり断られた。
姉さんの助力を請おうとしたら指でバッテンされた。
どうやら小学生が電車に乗って帰るのはまだ許して貰えそうにないみたいだな。
諦めて須藤さんの家に入れてもらう。
「ただいまぁ」
「お、景山さん。
久しぶりだな
また水槽見に来たのか?」
厳ついおっさんがでてきた。
どうやら過去に会った事があるらしい。
「こんにちは。
水槽見せて欲しいです。」
「おう、まぁ入れや。」
リビングに入るとドーーンと大きな水槽が置いてあった。
幅180cm奥60cm高さ60cmの大型オーバーフロー水槽。
中には大きめのクイーンにマクロスス、イナズマヤッコ等がゆったり泳いでいた。
景山の家のリビングに置く水槽もおそらくこれぐらいだろう。
「リミア。
コーヒーとお菓子出してやれ。」
「わかってるよ。
夜勤なの?」
「ああ、青森だな」
「はーい。
気を付けて」
おっさんはリビングから出ていった。
「青森なの?」
「お父さんはトラックの運転手やってるんだ。」
ほぅ、自動運転でトラック運転手は廃業していると思っていたけど違うのか。
まぁいいか。
それよりも水槽チェック。
濾過槽にはロールフィルターに流動濾材と大型のスキマー。
殺菌灯に水質のモニター他ETC..
リフジウムもあるな。
30年経っても大きくは変わってないけど、水質の常時モニタリングとデジタル化がすすんでいる。
水槽を見て問題がありそうなら検査薬を使って色で判断してたけど、常時テストしている方がいい。
コスパがよくないけど。
しかし、大きい水槽だとみんなストレスなくゆったり泳いでいる感じだ。
こうやって、ぼーっと眺めていると気づいたら1時間とかあっという間なんだよね
「舞ぃ、コーヒー冷めるよ」
姉さんに呼ばれたので、振り返ると姉さんと須藤さんがタブレットを見ながら話をしている。
二人のコーヒーカップはいつの間にか空っぽだ。
ソファに座ってコーヒーカップを手に取る。
「舞ってやっぱりすごいモテるね
スレ10突破してる。」
「見た目がいいのはわかってる。
中身は普通なのに、そんなにモテるの?」
私の言葉に須藤さんと姉さんが目を合わせる。
「フフン、私達二人はすっごい人気があるんだよ。」
「澪はガード硬すぎるし、男子にキツイ言い方する時あるから怖がられてるけどね。
逆に、舞は素っ気ない喋り方だけど男子と普通に喋るから実際は舞の方が人気があるよ」
ふむ、姉さんがキツイって想像出来ないな。
「え゛、確かに距離感が近い男子は嫌だけど、キツくはないと思うな。」
「わかりやすく言うなら、見た目が同じならチョロい舞の方が人気ある。
だから結婚してください発言がエスカレートしているのだと思う。」
「ガードは硬いと思ってる」
チョロいって失礼・・・
だと思うけど、どうして二人は生暖かい目で私を見る?
「男子生徒に水族館のチケット見せられて、一緒に行こうと誘われた時に秒で承諾。
首を何度も縦に振っていた。
食い付きの良さに相手もマジで引いてたよ」
「それ聞いた!
あの時は舞を本気で怒ったんだけど」
ジト目で見る姉さん。
信じられていない理由が少し分かった。
でも、水族館チケットを見せられると、私は拒否する事は出来ないだろうな。




