AIが論破してくる
発作的にゲームをアンインストールしてしまい、場の空気が悪くなった中、お婆さんたちが迎えに来たことでお開きとなり、彼女たちは帰っていった。 帰り際にみんなに謝ると、「舞が大好きな魚を餌にされたんだから仕方ない」と許してくれたが、楽しくプレイしているゲームを目の前でアンインストールするのは配慮が足らなかったので注意しようと思う。
部屋の片付けをしようと戻ると、すでに家政婦さんたちの手で片付けが始まっていた。
ベッドや机の移動も行われていたので、どうやら昨日、澪が言っていた「部屋を分ける前の状態」に戻すつもりのようだ。
俺は澪とリビングでタブレットを使い、スマホ選びを始めた。
澪は林檎派だが、舞さんはドロイド派。 しかも、尖った仕様で唯一生き残っている国内メーカーのS社製を使っている。
舞さんって、いい趣味してると思う。
正直、俺はとっくの昔に撤退していると思っていた。 当然、舞さんの想いを尊重して、同じシリーズの最新版を選びたい。
さらに、このスマホの説明を読むと「可変光学フィルター」を内蔵しているとの記載があった。
青色LEDで照らされた水槽の中にいるサンゴや魚たちを撮影するには、光学フィルターが必須だ。
AIによる画像処理では、綺麗な写真は撮れないので、これは便利。
いずれ水槽を購入したいと思っているので、ぜひこのスマホにしたい。
「ねぇねぇ、舞もみんなが使ってる林檎にしよ。
私、この50周年モデルが良いと思うの♪」
俺がタブレットでスマホの電子カタログを熟読していると、澪が勝手に操作して、林檎の50周年モデルを表示した。
「お揃いのスマホにしたい」と言っていたけど、このスマホがほしいみたいだ。
今回はちょっと強引だけど、何か理由があるのかな?
とは言え、澪のお願い無下に扱う事はしたくないので、林檎さんにも可変光学フィルター内蔵モデルがあるのか調べたが、残念ながら無いみたいだ。
「光学フィルターを内蔵してないから、無理。」
澪には申し訳ないが、断ることにした。
「チェ、舞のいけず」
おお、拗ねた澪も可愛いではないか。
あっさり引き下がったなと思っていたが、そうではなかった。
「舞ぃ。
文ちゃんに聞いたら、光学フィルターは外付けだけど、いっぱい売ってるみたいだよ。
それに、内蔵より外付けのほうが高性能なんだって。」
澪のスマホを見ると白い鳥のAIアバターが光学フィルターをリストアップして表示している。
「むぅ。」
まぁ、確かに外付けの光学フィルターを使っても撮影はできる。
というか、串木でアクアリウムをやっていた頃は、光学フィルターを内蔵したスマホなんてなかったので、当然外付けを使っていた。
「ねぇねぇ、文ちゃん。
林檎スマホが良いって舞を説得して。」
『かしこまりました♪
まずは舞様がS社スマホを選ぶ理由を教えて下さい』
澪がスマホを持って横に移動し、画面をこちらに向けてきた。
なんだか面白そうだったので、付き合ってみることにする。
「光学フィルターを内蔵しているから」
『では光学フィルターをどの様にご使用になりますか?』
「海水魚の水槽を撮影するのに使うつもり」
「え、家に水槽なんて無いよ?」
「いつか買うつもりだから。」
この女子小学生の体で大きな水槽は管理が大変なので、まずは小さめの水槽から始めようと思っている。
それに、小さい水槽なら誰も反対しないだろう。
『海水水槽の撮影には素晴らしい選択ですが、いくつか問題がございます。』
「そうなの?」
『まず、海水用青色LED照明下での撮影でしたら、内蔵の物よりも高性能な専用の外付け光学フィルターが多數発売されています。
特に林檎用は高性能のが多く、S社製の内蔵光学フィルターよりも画質が向上します』
ほぅ、言うではないか。
まぁ一理はある。
「外付け光学フィルターは高いと思う。」
実は値段が高いかどうかはわからないないけど、ハッタリを入れてみる。
『そんな事はございません。
トータルでコストを算出すると
・・・(略)・・・
リセールも含めてトータルでのコストを考える林檎スマホの方がコストがかからないことなります。
さらに外付けの方が交換・調整が自由で、撮影の幅が広がりますなどのメリットがございます。
以上の理由で、舞様には林檎スマホのご購入をお勧めいたします。
』
ふむぅ。
おいおい、AIが俺を論破してくるのか?
舐めてかかってたら、詳しいじゃないか!
「どう、納得した?
お、ね、が、い
同じスマホにしよ。」
くっ、眩しい!
その笑顔でお願いなんてずるい。
「澪がS社スマホにすればいいと思う。」
俺はあの瑠璃お婆さんを籠絡してしまった、「うるうる上目遣いでお願い」で反撃することにした。
確か、手を祈る様に握って少し俯く。
前世の記憶の中で最も悲しかった・・・
そう、炎天下で外出を控えるように言われているなか、ルームエアコンの故障で多數のサンゴが高水温で★になってしまったあの惨劇!
うぅ、思い出しても泣けてくる
そしてスッと澪を見上げる。
どうだぁ
「くっ、やるわね!
でもまだまだ!
舞に出来て私にできないと思ってるわけ?」
澪も同じポーズを取って、うるうる上目遣いで俺を見る。
う!
おのれ!
このままでは籠絡されてしまう!
「澪ぉ、舞ぃ
ここにいたのか
スマホ買いにいく・・・ぞ?」
徹君が帰ってきたみたいなので、声のする方を向くと、彼は俺と澪を交互に見た後に固まってしまった。
「パパ!
お帰りなさい!」
澪は立ち上がって硬直して動けない徹君に抱きついて嬉しそうに見上げると、瑠璃お婆さんの様に真っ赤になって轟沈した。
どうやら澪の笑顔の方が強力だったようだ。
もう、負けでいいよ。




