いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ その7
国王の右手を凍らせたキツネは、アンディの使い魔エリーザである。
彼女は同じ使い魔で魔タヌキの、グレープの友人である。面白そうな人間がいると知り、時々グループのところに顔を出していたが、敵対する人間に百倍返ししているのが痛快で、仲間になったのだ。
(どうせ人間はすぐ寿命が来る。それまで傍にいて少し手伝ってやり、楽しむとしよう)
そんな気持ちだった。
彼の傍は魔力が多くて気持ちが良い。機嫌が良い時は魔力を分けてくれたりもして、なかなかに気前も良いところも気に入っていた。
アンディからすれば、自分の魔力を分けることで使い魔達の気配を感じやすくなる利点があった。
それを使い魔達が知ることはないのだが。
そんなこんなで、20年以上の付き合いである。
今回は国王の元に嬉々として赴いた(凍らせた)が、それ以前にも楽しくていろいろな者達を凍らせている。
ちなみにあの国王は、城に術を解ける者もおらず、かと言って治癒できる者もいなかった。
普段から厳重に守られている国王だから、急を要する事態にはならず、お金が勿体ないから治癒師を置いていなかった。
例の魔導師も無能だった為、急遽教会から治癒のできる神父を呼び出して術を解かせ、治癒もさせた。
けれども治癒が遅れたせいで凍傷は治ったが、凍傷による色素の沈着だけは残った。
「どうして腕が赤黒いままなのだ。きちんと治すのじゃ!」
「申し訳ありませんが、これが限界でございます。本来は治癒と共に肌の色も治りますが、今回は少々時間が経っておりましたので。
他の治癒師にご相談下さい。
ではお勤めもありますので、失礼致します」
「う、うむ。分かった。感謝する」
「はい。お大事にして下さい。では」
神父は、無表情で帰っていった。
(多忙なのに呼び出して報酬もなしか。まあ、あの国王だから、難癖付けられないだけマシか)
嘆息しながら歩き出す彼に、敬う気持ちは微塵もなかった。
彼は知っていた。
国を治める者が、今の国王ミュータルテに変わってからは、多くの援助金が減らされ、特に辺境等の遠方地には喧嘩を売っているのかと言うほど、大幅に援助金が減らされていた。
「辺境の者が戦ってくれるから、魔獣からも隣国からも王都は守られているのに。彼らから見限られたら、この国はすぐに悲惨なことになるだろう。
それも定めと思い、私は私で出来ることをしよう」
この神父とて教会への援助金を減らされ、市井に出て治癒師のサポートもして日銭を稼ぐ状態である。
勿論私腹を肥やすことはなく、孤児院の子らを育てる為である。
出稼ぎに出ている彼は本当に多忙で、体力の限界に近いこの状況でも、希望を捨てることはなかった。
「神様は見ておられる。いつか明るい光が、民を照らしてくれることでしょう」
戦争がない状態だけが、この国の唯一の利点であった。
◇◇◇
国民には、既に国王に期待している者はおらず、早く息子に王位を渡して欲しいと思っていた。
けれども国王・王妃共に強欲で、30歳近い王太子に王位を譲る気はないようである。
心ある側近に支えられ、王太子アルリビドは多数の政策を行っていた。それも彼が経営している、商会の収入からである。
彼は学生時代の学友に商売の教えを乞い、自己資金で細々と資産を増やし、今に繋がるのである。
だからアルリビドは大人気であるものの、国王が退位しない為に、悪政が続いている。
かなり負担を強いられている辺境の貴族達も、内乱までを望まない為に、薄皮一枚で何とかなっている状態であった。
王太子アルリビドが頑張っていることも、内乱にストップがかかっている一因である。
かつて宰相だったジョルテニアも、彼に謝罪して城を去って行った一人である。
彼は国王に失敗を押し付けられて辞任した被害者であるも、アルリビドを残していくことが心配であった。
「アルリビド様、申し訳ありません。私の管理が甘かったせいで、国王が他国の王女に失言してしまいました。
国王は他国の言語が分からないのに、身ぶり手振りで適当な言葉をかけ、王女に触れて激怒されたのです。
その責任を取り、私が職を退くことになったのです。
アルリビド様、志半ばで退くことを許して下さい。
けれど私はいつまでも貴方様の味方です。
どうかそれだけは忘れないで下さいね」
頼りにしていた宰相が居なくなることで、アルリビドは気落ちしたが、負けてはならないと思えたのだ。
「心配しないでジョルテニア。僕は負けないから。幸か不幸か新しい宰相は、僕の従兄だ。
さすがに命までは狙われないだろうから、何とか頑張ってみるよ。
今までありがとう。今はゆっくり休んでよ。そして君の助けが必要になったら、連絡させておくれ」
国の腐敗は進むが、そこには諦めていない者達も確かにいて、この二人もそうだった。
涙を堪えて別れるもその後も交流は続き、義父である妻の父トリニーズ・ニフラン侯爵と共に、アルリビドを支えている。
アンディも勿論、アルリビドを支持していた。
既に彼の支援・援助活動は、多くの貴族の賛同と金銭的サポートを受け、水面下で改善されていく領地も増えている。
それと比例し、横暴な増税を行い、それをくすねたりする貴族も一定数いるのだ。
当然ながら、その領地からは人が逃げて行くのだが、碌に領地管理をしていない貴族は気付かずに、ますます状況は悪化していく。
それらの領地から、食い詰めた者がニフラン侯爵領地に足を踏み入れ、罪を犯せば、アンディに返り討ちを受けていた。
状況により罪を軽減された者達は、トリニーズから労働罰を受けた後、ニフラン領地に住むことが許されていった。
大きな犯罪でなければ、貧困によることを勘案しつつ、トリニーズの監視下で罪を償わせたのだ。
勿論監視下であるので、悪事を犯せば直通で騎士団に引き渡すこともあった。
領地間のいざこざは、その地の領主がある程度の采配を振るうことが許されていた。
これは宰相であった時のジョルテニアとアルリビドで行った、法律制定が議会を通過したからである。
国の指針に興味のない国王夫婦とその側近達は、金儲け等の私腹肥やしにしか興味がない。
その為、特に自分にすぐ損得がない法律は、右に倣えで賛成していったのだ。
そこがアルリビド達の狙いでもあったのだ。
法律さえ整えば後で不満があっても、簡単には覆されない。たとえ国王の発言があってもだ。
国王の王命は、国の利害関係に大幅に関与するものだけであり、適切でない可能性があると議会で話し合いが行われる。
適切ではないとされれば、王位が適切でないと判断され退位の儀に進み、新たな国王が誕生するのだ。
多くの貴族派を囲い込めば、逆転も可能かもしれないが、今の国王に人望はなく、資金力もないので無理である。
だから容易に王命が出せないのだ。
◇◇◇
国王はそれを知っているので、のらりくらりと問題を先送りにし、在位期間を伸ばそうとしている。
けれどそれも、もう難しいだろう。
だってアルリビドと、彼を支持する貴族が大多数を占めたからだ。
「やっと……ここまで来た。もうすぐ父へ退位を言い渡せるよ。これもみんなのお陰だ。ありがとう」
「まだ安心は禁物ですよ。悪い奴らの一部には貴方を目の敵にしている貴族もいますから。どうぞご警戒を怠らずに」
「ああ、そうするよ。ありがとう、トリニーズ。そして、ジョルテニアも」
「いえいえ、私達は自領を守りたかっただけですから。お気になさらず」と、トリニーズが笑う。
「私はいつでも貴方の味方ですよ。今もそれは変わりませんから。どうか遠慮などせず、今後も我々に尽力させて下さい! これは義父も同意見ですから、ご安心を」
ジョルテニアの言葉にトリニーズは大きく頷き、アルリビドは満面の笑顔を見せた。
王族は喜怒哀楽は見せてはいけないと言われているが、彼らはもう主従ではなく、家族のような存在だったから問題なしなのだ。
「ありがとう。さすがトリニーズ殿とジョルテニア殿だ。僕はまだまだ頑張れるよ」
そう言うアルリビドだが、彼は力ある反対勢力から嫁を取るのを反対され、結婚もせずに31歳になっていた。
王太子妃がいなければ、在位が続けられると言う国王の浅知恵である。その浅知恵さえも、周囲の誰かからの意見かもしれない。
ハッキリ言うと国王への反対勢力が多過ぎて、国王派から嫁を迎えることが出来なかったのである。
王太子妃になるほどの、優秀な令嬢がいなかったと言う理由もあったが。
これからアルリビドの反撃が開始される。
今後の国の命運もかかる大仕事だ。
アンディが力を振るえば早いが、それでも正しく事を進めたい者達の考えに従う彼だった。元より彼が仕留める気持ちもない。
彼はアズメロウとの逢瀬と、弟子と行うささやかなイタズラに、多くの時間を割いて楽しんでいるのだから。
ちょっと、いやだいぶん私刑をしている彼だから、ストレスもそれほどない。
けれどだんだん国王らに送り付ける魔獣の質が上がっていて、ちょっと洒落にならなくなっている。
国王達が五体満足なうちに、何とかなれば良いなと思うアンディだった。