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姫花味

「どうしたんだ姫花、家まで来て」

「学園じゃまともに話せないからさ、プライベート邪魔して申し訳ないけど」

「……別に構わない」


 今までの俺だったら追い返していたかもしれない。正直、今だって完全に割り切れたわけじゃない。でも……今、勇気を出さずにいつ出すんだ? あいつのエールだって……ある。俺は姫花を家の中に通した。


「姫花が俺の家に来るなんて、いつ以来だ?」

「そういえば、随分来ていないね。いつだろう?」


 真面目な姫花ですら、最後に来た日を覚えていない……それだけ俺は姫花を遠ざけていたのか。本当に、どこまで俺は自分勝手なのだろう。


「で、用事は?」

「……涼二君はさ、私のこと……嫌い?」

「え?」


 姫花はどこか悲しそうな顔で呟いた。俺が姫花のことを嫌い……だって? そんなことあるわけがない。むしろ……


「ちょ、ちょっと待てよ。どうしてそんな話になるんだ?」

「だって涼二君、どれだけ私から話しても無関心で……」

「それは、俺が物臭だからだよ。そんなこと、今更だろ?」

「違うよ……涼二君は物臭だけど、冷たくはなかった」


 姫花の言葉が胸に突き刺さった。俺は……何も言い返せなかった。むしろ今まで愛想をつかされなかったのが奇跡のようなものだ。


「涼二君の事情は分かってる。だから、踏み込まない方が良いのかなとも思ったけど……みんながみんなそうしたら、涼二君は本当に孤立しちゃうんじゃないかって」

「……同情か?」

「ううん、単に私が涼二君と一緒にいたいだけ。カッコつけてるだけかもしれない」


 酷い聞き方だ、と思った。仮に同情だとして、俺に姫花を責める資格などあるわけがない。むしろ感謝する立場のはずなのに……


「そういう自分本位な気持ちのせいかもね……現状は。ごめんね涼二君、もうこれからはお節介はやめる。距離を取りたいなら取りたいで」

「違う!!」


 俺はいつの間にか、大きな声をあげていた。こんなに必死になったのはいつ以来だろう……必死になったところで報われない、面倒だと思っていた。でも……不思議とそう思わない。姫花のことだから、か。


「姫花は何も悪くない。悪いのはすべて……俺だ」

「涼二君?」

「確かに俺は面倒なことが嫌いだ。だけど、姫花と一緒にいる時間は……面倒じゃない」

「……」

「でも、もしそれまで面倒だと思うようになったらと思うと……怖かった。だから、遠ざけていた。本当に……ごめん」


 俺は誠心誠意、姫花に頭を下げた。幻滅されるかもしれない、自分勝手だと罵倒されるかもしれない。だが……姫花が悪者になるのだけは、耐えられない。


「そっか、そういうことだったんだ……でも、面倒でも良いんだよ?」

「え?」

「人と接していれば、ふと面倒だと思うことってどうしてもあるよ。私だって同じ」

「姫花が?」

「当然でしょ。私、聖人君子でも何でもないよ」


 意外だった。姫花と面倒という言葉、全く正反対で接点がないと思っていたが……


「だから、物臭でも別に良いの。気が乗らない時は断っても良いし、今日は手軽な方が良いならそれでもいい。涼二君のペースで、だけどここぞという時はちょっと頑張ってくれれば……私は十分なの」

「姫花……」

「だから、もし嫌じゃないなら……今日はちょっとだけ、頑張ってくれないかな?」

「……断る理由がない」

「……ありがと」


 そう言い、姫花はどこかくすぐったい感じの笑顔を浮かべた。この笑顔と優しさを俺は危うく手放すところだったのか……過去の自分を本気で殴りたくなってきた。でも、もう同じ過ちは繰り返さない。俺は自然と姫花を抱きしめていた、姫花も……拒否しなかった。


***


 翌日の放課後、俺は姫花と一緒に帰っていた。姫花がお勧めの店に行きたいと言ってきたのだ。正直、あまり俺好みっぽくない店だが……今まであれだけ迷惑をかけてきたのだ、俺は了承した。


「涼二君、もしかして面倒とか思ってない?」

「……少しな」

「正直でよろしい。大丈夫、明日は涼二君のお勧めの場所に行くから」

「自宅だぞ」

「……カフェでも行こうか」


 姫花も呆れていたが、こればっかりは仕方がない。物臭にとっては、自宅こそが最強なのだ。


「まったく、男友達とどこかに行ったりしたこと、ないの?」

「物臭王、なめんな」

「尚君とは? 割と涼二君のこと、気にかけているように見えるけど」

「……今度一緒に行っても良いかもな」


 尚ね……実は放課後に俺のところに来て、一言呟いたのだ、『良かったな』と。何だかんだであいつの助力がなければ、俺はずっと変わらなかったかもしれない……ラーメン一杯くらいはおごってもいいか。


「そういえば姫花……魔法って、信じるか?」

「え、魔法!!?? 急にどうしたの?」

「仮にだ、カップ麺にお湯を注いだら美少女が出てきたら……どう思う?」

「どうって……そりゃびっくりするけど。何、物臭が極まってそんな妄想まで?」

「聞いてみただって」


 俺の中でまだ一つだけ解決していない疑問、それはあの【インスタント美少女】を送ってきたのは誰かということだ。油子いわく、面倒臭がりな俺を何とかしたいって想いが生み出した存在で、本人も自分が生み出したことを認識していないらしいが……つまりは本人の預かり知らぬところで魔法の力で生み出され、同じ要領で俺の家に送られたってことか。


「だけど……もしそんなモノが本当にあったら、涼二君に送りたいかもね」

「俺に?」

「大切なこと、教えてくれるかもしれないでしょ。今はもう必要ないけど」

「……もしかして、そういうことを願ったこと、あるか?」

「うん、あるよ、割と最近。涼二君を救ってほしいって。さすがにカップ麺から美少女、とは思わなかったけど」


 ……そういうことなのだろうか。だとしたら、俺は益々姫花に感謝しないといけないな。


「てか、そんなこと考えるって……私じゃ不満なの?」

「いや、そういうわけじゃないが」

「何か怪しい……今日、涼二君の家に行っていい?」

「昨日も来ただろうが」

「今日はチェックのためだよ、カップ麺食べさせて」

「……お湯を入れて待つ時間とか入れる調味料によって、姫花の性格変わったりするか?」「するわけないでしょ、もう」


 姫花とのそんな他愛のない会話が、俺には楽しくて仕方がなかった。これからも面倒だと思うことはあるのだろうけど……姫花と一緒なら乗り越えていけると思う。そう思えるようになったのは……あいつのおかげだ。



『本当に好きなことまで手軽さばかり求めたら、面倒臭がっていたら、大切なことを見失ってしまうのは確かです』

『……私がご主人様の本当のおさななじみだったら、良かったのにな』



 今、俺の隣には、手には大切な存在がある。あいつはもういないのかもしれないけど……あいつから貰った恩だけは、決して忘れないでいよう。俺は姫花と油子の2人の幼馴染に囲まれた世界を思い浮かべながら、姫花の隣で笑ったのだった。


~完~

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