姫花との過去
放課後になり、いつも通り速攻で帰ろうとしたが、未だに昨日のことが気になっていた。骨奈がどうして俺が面倒臭がりだと知っているのか。少なくとも俺は【インスタント美少女】から出てきた子にそのことを話したことはない、まあ態度で察したのかもしれないが。
そもそも【インスタント美少女】自体、誰が送ってきたんだ? 楽しめていたので特に気にはしなかったが、考えてみると送り主の名前もなかった。海外出張に行っている父さんと母さんだろうか……でも、マジックアイテムだぞ? どうやって手に入れたんだ?
「【インスタント美少女】に聞くのが手っ取り早いか」
「涼二、ちょっと良いか?」
「なんだよ尚、どっかには寄らないぞ」
「そうじゃないって。昨日、姫花ちゃんと真面目っぽい話してただろ?」
「……大したことじゃねえよ」
強がり、だというのは自分でもわかってる。今日になっても、そのことは頭から離れないのだから。
「お前が物臭なのは別にいいよ。だけどさ、物臭と冷たいは違うぞ」
「どういう意味だよ?」
「姫花ちゃん以外に、お前の物臭に付き合ってくれる奴がいるのかって話」
「……」
「良いのか、お前は。失ってもさ」
「……お前には関係ない」
尚との会話を中断し、俺は鞄を持って教室を出た。廊下に出ると、姫花に会った。正直、今は会いたくないのだが。
「涼二君……この後は」
「帰るだけだ、じゃあな」
「あっ……」
姫花の悲しそう顔が、辛かった。失って良いのか、ね……良いわけが、ねえじゃねえか。尚が言ってることなんて、とっくに分かっている。このままじゃ姫花に愛想を尽かされるかもしれない、それを俺は望んでいない。他の奴ならともかく、姫花にだけは……でも。
***
家に帰り、【インスタント美少女】を開けた。正直、今日は楽しめる気分ではない。話をしたいのだ。こういうことはたった3分間の手軽な存在だからこそ、話しやすいかもしれない。お湯を注ぎ、食べ終えると一度見た顔が現れた。
「こんにちは、ご主人様!! 再び、油子を選んでくれましたね」
「ああ」
「なんですか、妙に暗いですね。てか、ご主人様って……ロリコンなんですか?」
「いや、違うけど……そういえば、時間気にしてなかったから1分くらいしか待たなかったな」
「そりゃ、こんなロリっ子になりますよ!!」
目の前には、推定小学5,6年生くらいの油子が頬を膨らませている。まあ、これはこれで可愛いが……いや、そうじゃなくて。
「で、どうしたんですか、そのダウナーなふんいき。姫花さんとけんかでもしたんですか?」
「何でそこで姫花の名前が出てくるんだよ」
「いやいや、姫花さん大好きご主人様じゃないですか。妹たちも呆れていましたよ」
「……まあ、確かに姫花のことだが、喧嘩はしてないよ」
「じゃあ、何なんですか?」
不思議なもので、油子は話しやすい雰囲気がある。姫花と同じ幼馴染という設定だからなんだろうが、見た目がこんな感じなのも理由かもしれない。その時が、人生の分岐点だったから……
「友達に最近、姫花に冷たいんじゃないかって言われたんだ。姫花も何だかちょっと寂しそうで……」
「まあ、そもそも可愛いおさななじみ放置して私達にご執心の時点でねえ」
「言うなって。で、このままだと愛想尽かされるぞ、と。俺としては、それだけは勘弁してほしいんだが」
「特別扱い……やっぱ姫花さん大好きじゃないですか。だったら姫花さんとの時間を多くすれば問題なしです、私達になんか構ってないで」
「そうなんだが……」
「どうしてそんなに悩むんですか? 姫花さんと仲良くしたら、困ることでも?」
……このことを話すのは久しぶりだ。最後に話したのはいつだろう、正直覚えていない。それだけ見ないふりをしていた、ということか。
「……姫花と一緒にいる時間まで面倒になったら、終わりだからだよ」
「どういうことです?」
「俺はな、小学校の頃から両親に色々な習い事をさせられたんだ、将来の為だって。別に悪い両親じゃないとは思う、俺の意見も聞いてくれるしな。だけど……そのせいで近所とか学校の連中と一緒にいる時間があまり取れなくて……段々周囲から浮いていった」
「……」
「それなら習い事の仲間との仲を深めようと思ったんだが……仲間と言ってもライバル同士な面もあるわけで、なかなか上手くいかなかった」
言い訳、なのかもしれない。そういう立ち回りは決して俺は上手くないとはいえ、やり方を他の人に聞いてもよかった。やはり元々面倒臭がりではあったのだろう。
「結局どっちつかずになって、友達を作るのはおろか習い事もろくに続けられなかった。面倒なのを我慢して習い事をやってたのに、結局身に付かずに友達も離れて……何が将来の為なんだって思ったよ」
「ご主人様……」
「あれからだな、どんどん物臭になっていったのは。面倒なことをしたって報われない、失敗すれば何も残らず時間の無駄。なら、手軽なことだけやればいいって。手軽なことなら失敗しても疲れないし、時間の消費も最低限だからな」
「それと姫花さんは、何の関係が?」
「……姫花だけは、ずっと傍にいてくれた。俺がどんなに面倒臭がっても、離れていったりしなかった」
姫花は昔からみんなに人気があった、周囲から浮いている俺なんかに構う必要なんかないはずなのに……分からなかったけど、嬉しかった。
「だからこそ、姫花と一緒の時間を長く作って、もしそれまで面倒だと遠ざけるようになったら……もう俺には何もなくなる」
「それが怖かったら、姫花さんとの時間を多くとろうとしなかった、と?」
「……そういうことだ」
例え姫花であっても面倒だ、なんていうのも虚勢に過ぎない。そう自分を思いこませていただけだ、そうじゃないと……一緒の時間を過ごしたくなってしまうから。
「なるほどねえ。本当、ご主人様こそ面倒というか」
「悪かったな、手軽ばっかり求めて」
「別に、それを悪いとは言いませんよ」
「え?」
「手軽なことは確かに魅力的です、いつも凝りに凝って全力投球じゃ疲れちゃいますよ」
意外だった、てっきり物臭なことを怒られると思ったが……
「でもですね……本当に好きなことまで手軽さばかり求めたら、面倒臭がっていたら、大切なことを見失ってしまうのは確かです」
「……」
「ご主人様は【インスタント美少女】楽しんでくれてましたけど、同時に物足りなさ感じてませんでした?」
「そりゃ……3分しか楽しめないしな。もっと知りたくても出来なかったし」
「でしょ? それを姫花さんに当てはめてみて下さい、どう思います?」
「それは……嫌だな」
そうならなかったのは、姫花が何度面倒だと俺に言われてもめげずに接してくれてきたおかげであって……
「なら、ご主人様がすべきことは一つです。私達と話している時もたびたび姫花さんのことを思い浮かべるくらいなんですよ、答えはもう明白じゃないですか」
「……かもしれないな」
「なら、私達の出番はこれで終わりですね。元々、そういう役目ですから」
「役目? どういうことだ?」
油子の言っていることがよく分からない。役目って……
「面倒だと言って何でも遠ざけるご主人様を何とかしたいって想いが生み出した存在なんですよ、私達は。だから、それが解決しそうならもう役目は果たしたってことです」
「だから骨奈は、俺が面倒臭がりだって知っていたのか……その想いって、誰のだ?」
「知りませんよ、それはこっちには伝わらないですし。まあ、本人もまさか私達みたいな存在を自分が生み出したとは露も思ってないでしょうけど」
「……」
「というわけで、後はがんばって下さい、もう3分経ちますし。短い付き合いでしたけど、何だかんだで楽しかったですよ」
そう言い、油子の身体が消え始めた。残りの【インスタント美少女】も呼応して消え始めている。急だが……本当にお別れの様だ。
「油子!!」
「何ですか」
「……世話になった、ありがとう。お前達の……おかげだよ」
「……お役に立てたのなら、何よりです」
そう言った油子の表情は、とても優しかった。もっと油子のことを知ることが出来なかったのが、唯一の心残りかもしれない。
「……私がご主人様の本当のおさななじみだったら、良かったのにな」
最後の言葉を残し、油子は消えた。そんな未来があったとしたら、それはそれで楽しかったのかもしれない。だからこそ……あいつのエールを、無駄には出来ないか。
ピンポーン!!
「ん、誰だ?」
その時、インターホンが鳴った。玄関に行くと、今俺が一番話したい人がいた。偶然なのか、はたまた油子が引き合わせてくれたのか……
「涼二君……」
「姫花……」