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「……んで、期待させといてそれか」

「急に何!?」

「いや、……まぁいいか」


 家に帰ると、ひなたが居た。今日はバイトも遊ぶ予定もない日らしい。

 ソファに寝転がるカズにくっつくひなたは、例のもこもこパジャマだ。


 とはいえ、胸を押さえつける例の超固いシャツは着ていないので、胸のあたりが明らかに盛り上がっている。――違いはそのくらいだ。

 たぶん「楽しみにしといて」と言ったことすら忘れてる。いや、それとも俺が勝手に話の流れから女の格好をすると思い込んでただけで、別にひなたはそんなつもりはなかったのかもしれない。冷静に考えるとこのパジャマも左前で女物ではあるしな。


 まぁ女っぽい部屋着って何かもよく分からんが、そういえば唯一家に行ったことある女子――向田は家では常にジャージだったっけな。漫画に出てくるテニス部の公式ジャージを何枚も持ってて部屋着として使いまわしてるとか言ってた。


「あ、そうそう。昨日回ってた写真なんだけどさ」

「……あれか。やっぱ噂になってたのか?」

「んー、ボクって気付いた人は前にも言った、女って気付いてる数人だけかな? 誰だと思うとかは聞かれたけど……」

「そ、そうか。んで、写真がどうしたんだ?」

「もうちょい見せつける?」

「…………待て、」

「うん?」

「それは、あの格好でまた外を出歩くとか、そういう――」

「そういうことになるね」


 ちょっと待て、と伝え、しばし考える。

 今朝から、クラスメイトが俺を見る目は変わっていた。しかしそれは、好意的なものだったろうか? 元から男子には嫌悪感剥き出しに見られてたから、そうでない目で見られただけ?

 しかし、あの顔は間違いなく、()()()()()()()()。これまでの俺への態度があったので仁部くらいしか聞いてこなかったが、そうでなかったら間違いなく「あれ誰だよ」と聞かれたはずだ。俺だったらそうする。


「そんなことしてたら、そのうちひなたってバレるんじゃないか」

「え、そうなったらそうなったで制服替えるだけだけど……」

「……そうか、お前バレても良いんだな」

「うん、別に」

「……でも、あれだろ。俺と、その、つ、付き合ってるとか、噂されることになるんだぞ」


 緊張で舌が上手く回らない。自意識過剰? うっせえ。

 ひなたは「んー」と首を傾げたが、しかしあまり気にした様子はない。


「それ、今一緒に住んでることより驚かれるかな?」

「……いや、言われてみるとそうかもしれんが」

「そーまくんは人の噂とか気にしないんでしょ?」

「あ、あぁ、まぁそうだな」


 ただ気にしなかったの、悪い噂だったからなんだよなぁ。

 仮にひなたと付き合ってて一緒に住んでて――、な噂だったら、どうなるんだ? いたたまれねぇ……。


「なんならボクの方から言っちゃおうか?」

「まっ、待て!」

「なんで?」

「なんでって……なんでだ」

「ボクは全部バラしても良いし、そーまくんも噂とか人の目は気にしないんだよね」

「あ、あぁ、確かにそうなるが」

「じゃあ全部バラした方が楽になるんじゃない?」

「そうなるのか……?」


 あれっ、確かに論理的に説明されるとそんな気がしてくるな。


「……でも、待て。俺の評判知ってんだろ」

「うん、男子からはけっこー嫌われてるよね。中学時代の知らない男女の話とか自分にはなんの関係もないのに……、それがどうしたの?」

「……そんな奴と付き合ってるとか一緒に住んでるって噂されて、嫌だろ」

「別に?」

「…………そうか」


 本当に気にしてないと言わんばかりのあっさりとした表情で返され、ならば何を言えば良いのか分からん。

 待て、そもそも俺とひなたは付き合ってない。そりゃあ可愛いと思うし一度プロポーズしたこともあるけど、それは若気の至りというやつで――


「ね、そーまくん」

「……なんだ」

「お風呂一緒に入る?」

「入らねーよ!?」

「なんで! 昔一緒に入ってたのにっ!!」

「えっそうなの!?」

「そうだよ?」

「……冗談じゃなくて?」

「うん。いつも一緒にご飯食べてお風呂入ってから帰ってたし」

「…………うん?」


 あれ、でも俺、ひなたのこと女だと思っててでもやっぱり男でしかし本当は女で――、勘違いを繰り返してたせいで、当時の記憶が曖昧だ。

 しかし、確かに言われてみると風呂くらい一緒に入ってた気がする。なんならそのまま一緒にベッドで寝かされてた記憶もあるし。


 俺、なんでその時点で女って気付いてねえの……?


「そ、それ、何歳くらいの話だ?」

「小学校入るまではそんな感じだったと思うけど……」

「気付けよ俺ッ!!!!」


 ぜってー女じゃん! ちんこ付いてるかで分かんだろッ!! 忘れんなよ大事なとこを!!


「まぁちっさい頃の記憶って忘れがちだしね。……ボクは覚えてるけど」


 最後の方はぼそりと、ギリギリ聞き取れるくらいの声量であった。覚えてる? 何をだ? まさかプロポーズの一件? いやそんなはずないよな。再会してから一度もその話してないし。あの恥ずかしい思い出、ひなたが女って分かった今考えると結構キツいな。身の程知らずにも程がある。


「……ともかく、風呂は入らん。あと急に女アピールしてくるのも、やめろ」

「なんで?」

「目の毒だ」

「こういうのとか?」

 ちらり。

「捲るなっ!!」


 見えちゃうだろ谷間がさぁ! もっこもこパジャマでもボタン外したらそりゃお胸がありますよねぇあのかったい胸潰しなかったらな!


「……待て、今ブラしてなかっただろ」


 一瞬見えたのを脳内で高速無限再生してたが、肌が、見えた。つまり下着を着けてないということになる。


「え、うん」

「そういうの付けないもんなのか?」

「付けてない方がそーまくん喜ぶかなーって」

「あぁ、それはそうだが、付けろ」

「なんでさっ!」

「目に毒だからだよ……」

「そんなこと言うと脱いじゃうぞ!」

「やめてくださいごめんなさい」


 流石にひなたほどの美少女が目の前で裸になったら、俺は、俺はどうすればいいんだ。

 確かに自宅で人の目はねえけど、犬の目はあるんだぞ。カズは全く俺たちに興味なさそうにソファで寝てるが。 


「ね、今日から一緒に寝ない?」

「なんでだ、嫌だ」

「……嫌なの?」

「嫌じゃねえけどォ……?」


 上目遣いで、それもあえて胸の谷間を見せつけたままこちらを見てくる――

 や、やめろ、男子高校生の性欲舐めんじゃねえ。猿だぞ猿。生で谷間見えたらそりゃ見ちゃうし、そうすると目を逸らしたいのに上目遣いの超可愛美少女と目が合っちゃうし、すぐに谷間に視線が落ちるし――


「えっち」

「お前が見せてんだろ!?」

「そうだけどっ」

「恥ずかしいんなら隠せよ……」


 よくよく見ると、ひなたの顔も若干赤く染まっている。性的アプローチなんて慣れてないだろうし、ひなたもひなたで恥ずかしかったということだ。じゃあなんでやったんだよ。


「……そもそも、だ」

「うん?」

「年頃の男女が同衾は、まずいだろ……」


 男同士なら、ともかくだ。ともかくだ。いや男だと思い込んでた時も俺床で寝たけど。あれ本能的に感じ取ってたのかもしれねえ。


「同意の上なら良いんじゃない?」

「父さんとか母さんに見られたらなんて言い訳すんだ?」

「言い訳? なんで?」

「……いや、そりゃ、するだろ」

「たぶん驚かれもしないと思うけど……」

「…………なんでだ?」


 俺の疑問に、ひなたは「うーんと、」と首を捻り、しばらく考える。


「まず、そーまくんのご両親は、ボクが女って気付いてたわけ」

「……らしいな」

「それで、ボクのお父さんもお母さんも、当たり前だけど知ってるんだよね」

「そりゃそうだな」

「年頃の男女を一緒に住ませるって、もう、()()()()()()じゃない?」

「そういうことなのか……!?」


 えっ、何それ、両家公認とか、そういう話なのか!?

 待て、待て待て待て、そんな関係になると決まったわけじゃないだろ。結局仲良くなれたけど、小1から何年も会ってなかった相手だ。同居したところで全く仲良くなれない可能性だってあって――


「……覚悟が決まったら教えてね?」

「あ、あぁ、分かった」


 頷いたものの、なんの覚悟だ? どこまで覚悟しなきゃならないんだ、俺は? わからん。なにもわからん。こいつの考えてることがさっぱりわからん。


「一緒に外出る時は、一応変装してった方が良い?」

「……まぁ、そうだな。頼む」

「はーい。そろそろ散歩の時間だよね、ちょっと待っててね」


 ひなたが着替え終わるのを待ち、カズの散歩に行き――、

 また盗撮されないか心配で、ちょっと周囲に目をやりすぎて不審者になってた自覚はあるけど――、今日は谷間に腕を押し付けてきたりはしなかった。どうやら自重したようだ。

 その代わりに指を絡めた恋人繋ぎをしてきたが、――まぁ、このくらいなら耐えられるなと、無理矢理振りほどいたりはしなかった。可愛い子に手ぇ握られて嫌がる男が居るかよ。

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