98.一番好きな
信じてもらえるのなら、隠し続ける必要もないのだと思えたことも、とても大きな理由ではあった。
だから口にした言葉だったけれど、案の定エドワルド様だけではなく、あちらこちらから息を吞むような音が聞こえてきて。
「はっ……ははっ……」
やがて、小さな声で笑い始めたエドワルド様は。
「この状況下でここまで言われて、信じられないとは、嘘でも口にできないな」
私が人の姿に戻ってから初めて、エリザベスだった時と同じような口調で呟いた。
その瞬間、ようやく信じてもらえたのだと心の中で安堵すると同時に、つっかえていた何かが取れたような、不思議な感覚がして。
(あぁ、そっか)
エドワルド様に信じてもらえなければ、この先ずっと自分一人だけの秘密として抱え続けていかなければならなかったのだと、ようやく気付いた。
それは、私がエリザベスと呼ばれて過ごしていた時間を、なかったことにするのと同じようなものだと。
(そんな風に、思ってたんだ)
あまりにも悲しくて、寂しい考え方を。
だから受け入れてもらえたことで、自分の過ごしてきた時間をようやく肯定してもらえた気がして。
その相手が、エリザベスとして生きていた時間を共有している相手だったからこそ、なおさら拒絶されたことが心に刺さっていたのだ。
慕う相手だからという理由とは、また別の意味合いがそこにはあったのだということに、本当に今さらながら気付いた瞬間だった。
「……一つ、あなたに頼みたいことが、ある」
「何でしょうか?」
無茶な要求でなければ、基本的にはお願いは聞くつもりで問い返せば。俯いていた顔を、ゆっくりと持ち上げて。
「冗談でも嘘でもなく、あなたが本当にエリザベスなのであれば、一番気に入っていた遊び道具の在りかを知っているはずだ」
なぜか、どこか泣きそうにも見える表情で、そう告げるから。
「そう、ですね」
意外すぎて、少しだけ言葉に詰まってしまった私の返答に、何か勘違いをしたらしい。
焦ったような口調で。
「いや、違うんだ! 疑っているとかではなく、しっかりとした目に見える確証が欲しいだけで……!」
エドワルド様は、言い訳をするかのようにそう口にするから。
初めて見たその姿に、思わず笑みがこぼれてしまった。
「ふふっ。いえ、大丈夫です。一番好きな遊び道具、ですよね?」
「あ、あぁ」
頷く姿に、逆に私のほうが冷静になれて。
少しだけ周りの人たちの様子を見まわしてから、一つだけ確認をしてくことにした。
「勝手にお屋敷の中を歩いてしまって、問題になりませんか?」
「いや、全く問題ない。そもそも私たちも一緒に着いていくことになるから、気にしないでくれ」
「……公爵様の、自室ですけれど?」
「っ!!」
そう。私が一番気に入っていたおもちゃは、常にエドワルド様の自室にあるおもちゃ箱の中に入っていたから。
眠れない時には自室で仕事をする癖のあるエドワルド様の場合、見てはいけない書類がそこに残されている可能性も考えて、の発言だったのだけれど。
どうやら、ある意味でこれがトドメの言葉だったらしい。
あちらこちらから、今度はため息が聞こえてきた。
「……エドワルド様、いかがいたしましょう?」
「いかがも何も、これが全てだろう」
どうやらエドワルド様だけではなく、全員が納得してくれたようで。代表してなのか、マッテオさんがエドワルド様に問いかけていたけれど。問いかけられた本人は、完全にイスに体を預けて。
「全員で、確信を得に行こうじゃないか」
緊張とは無縁の表情で全員にそう告げると、今度は私に顔を向けた。
メガネの向こうから、青みがかったグレーの瞳は真っ直ぐにこちらを見ていて。思わず、心臓がドキリと跳ねる。
けれど、それだけは悟られないように気を付けながら。
「連れて行っていただけますか?」
「はい」
エドワルド様の言葉に、ゆっくりと頷いたのだった。




