96.昼食会
一口手をつけてしまえば、あとはエドワルド様の食べ方を見習えばいい。そう思いながら食事を進めていたけれど。
(美味しい~~!)
それ以上に、どれも今まで食べたことのないくらいの美味しさで。
どのお皿も、最初の一口だけはエドワルド様の様子を窺いながらだったのに、その次の瞬間からは食べることに夢中になってしまっていた。
しかも、不思議なことに。
(このお肉って、たぶんフィレだよね?)
付け合わせも含めて、私がエリザベスとしてこのお屋敷で過ごしていた間に出てきた食べ物ばかり。
それが今では、人間用のソースがかけられた状態で食べられるわけだから。
(もしかして、あれは犬用とかじゃなくて、エドワルド様に出すような素材だった?)
だから味付けなんてしていない状態でも、あそこまで美味しかったのかと。一人違う意味で、衝撃を受けていた。
それでもナイフもフォークもスプーンも止まらないのだから、フォルトゥナート公爵家のシェフは本当にすごい。
新たな真実による衝撃よりも、美味しさが上回ることがあるなんて。今、初めて知った。
(かなり贅沢な暮らしをさせてもらってたよねぇ)
一口サイズに切り分けたお肉に、少しだけソースをつけて、口へと運ぶ。
柔らかなお肉の甘さと、少しだけ酸味のある香り高いソースが、それはもう相性が良すぎて。気が付けば、すぐに次の一口を運んでいるような状態。
お肉だけの美味しさはよく知っていたけれど、ソースが加わるとまた違った味わいを楽しめて、これはこれでとてつもない美味しさが口の中いっぱいに広がる。
これがお詫びのための昼食会だということを、この時の私は完全に忘れていて。ただ、この美味しさだけを楽しんでいた。
「お気に召していただけたようで、何よりです」
少し離れた場所に向かい合って座っているエドワルド様からそう言われて、ようやくハッとした時には、時すでに遅し。
あまりの美味しさに口角が上がりっぱなしだったことに、今さらながらに気付いた。
「あの……。あまりにも美味しいお料理だったので、つい……」
こんなことばっかりだなと思いながらも、結局素直にそう口にすれば。
「その言葉だけで、料理長も喜びます」
自宅にいるからなのか、余所行きではない自然な笑顔を見せてくれるエドワルド様。
その姿を見られただけでも、とりあえずはひと安心。以前は本当に他人行儀だったから、ようやく私の知っている普段のエドワルド様だと思った。
でも、次の瞬間には気付いてしまう。
(違う。私とエドワルド様は、そもそも他人なんだ)
私が一方的に知っているというだけで、エドワルド様は私のことは何一つ知らない。
正確に言えば、パドアン子爵家の令嬢だということや、実家が貴族としては貧乏だということは知っていると思う。
ただ、私自身のことは全く知らないはず。
(だって、ついこの間初めて会った人なんだから)
そう考えて、一人寂しくなってしまうけれど。こればっかりは真実なので、どうしようもない。
エドワルド・フォルトゥナート公爵様と、アウローラ・パドアンが出会ったのは、次シーズンのデビュタント予定の令嬢たちが集められた、あの日。それ以外では、あり得ない。
少なくとも私以外の人の認識としては、それしかないだろうから。
溢れ出してきてしまいそうな、胸の奥底にある想いに必死に蓋をして。私はもう一度、お肉を口に運んだ。




