95.謝罪
「まずは先に、前回の謝罪をさせてください。あなたの気持ちも考えず、身勝手な理由で礼を欠くような真似をしてしまったこと、心よりお詫びいたします」
最初に口を開いたのは、エドワルド様だった。
この場で最も位が高いのはエドワルド様なので、当然のことではあるのだけれど。その内容に、私は大いに驚いてしまって。
しかもその言葉通り、座った状態とはいえしっかりと頭を下げられてしまっているものだから。
「こ、公爵様……! 頭を上げてください……!」
せっかく気合いを入れ直したのに、いきなり焦らされてしまっていた。
とはいえ、子爵令嬢が公爵様に頭を下げられるなんて、普通はあり得ないことなので。それだけで、この状況がどれだけ異常なのか分かってもらえるような気がする。
それなのに、周りにいる使用人は誰一人驚いた様子を見せていないのだから。
(先に知ってたの!? それとも、こういう時も冷静であれって訓練されてるだけ!?)
どっち!? と一人、半ば八つ当たりのようなことを考えながら。対面とはいえ手の届かない位置にいるエドワルド様に、必死に話しかける。
「あのっ、前回もお話しさせていただいた通り、私はあまりこういったことに慣れていないものですから……!」
どう対処すべきなのか分からないのならば、いっそ本当のことを告げてしまえばいい。
そう開き直って、田舎者だから分かりませんという雰囲気全開で、どうにかこうにか説得を図ってみた。
「ですが……」
「お願いですからっ……! 前回は私も、お客様を放置してしまうという大変失礼なことをしてしまっているので……!」
だからこちらも謝罪しなければと告げれば。
「その必要はありません。ですが、私の自己満足であなたを困らせてしまっては、意味がありませんね」
そう言って、ようやく頭を上げてくれたエドワルド様に、私は心底ほっとして。同時に、ここがフォルトゥナート公爵邸でよかったとも思った。
これがオットリーニ伯爵邸だったら、今頃はもう上へ下への大騒ぎになっていたことだろう。
「せっかく来ていただいたというのに、招いた側が昼食会の開始をこれ以上遅らせてはいけませんから。お詫びになるかは分かりませんが、ぜひ楽しんでいってください」
謝罪の件に関しては、とりあえず一段落ついたようで。エドワルド様がマッテオさんに目配せすると、ほどなくして運ばれてきたのは、おそらく前菜的な何か。
正直あまりにもオシャレすぎて、もはや芸術品の域にしか思えないが。お皿の上に乗っているということは、食べ物で間違いないはず。
(というか種類もいくつかあるし、どれから食べればいいの……!?)
一応貴族なので、食事のマナーはしっかりと身に着けている。
ただ今回に関しては、食べ方以前の問題で。
どうしようかと、少しだけ迷っていると。
「苦手な食材などがあれば、遠慮なくおっしゃってください。手をつけないでいただいて、構いませんので」
私の様子にそう思ったのか、もしくは事前に告げておく予定だったのかは分からないけれど、エドワルド様にそう言われて。
個人的に今まで口にしてきたものの中では、食べ物の好き嫌いなどないし。そもそも好き嫌いが言えるほど贅沢な環境で育ってきてもいないので、ありませんと口にしようとして。
(いや、でも……初めて食べるものだったら、ちょっと分からないかも)
直前にそう思い直して、小さく頷きを返した。
「はい、ありがとうございます。初めて口にする食材で苦手だと思うものがあれば、その際にお伝えしますね」
「えぇ。よろしくお願いします」
どうやら返答の仕方は間違っていなかったようで、エドワルド様はちゃんと笑顔を返してくれたから。
(ここまできたら、挑戦あるのみ!)
覚悟を決めて、一番外側に置いてあるカトラリーを手に取って。
まずは花のような形に巻かれた、薄い燻製肉であろうものから口をつけることにしたのだった。




