94.個人的な感情
道中は、ひと言も交わさないまま。予想通りの道を、ただひたすらに進み続けるだけで。
結局そのまま、フォルトゥナート公爵邸の食堂まで辿り着いてしまった。
「どうぞ、お入りください」
ディーノさんが開いてくれた扉の向こう側へ、促されるままに数歩足を踏み入れて。
そこでようやく私がエドワルド様の存在に気が付くのと、マッテオさんにイスを引かれてエドワルド様が立ち上がったのは、ほとんど同時だった。
「お待ちしておりました」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
失礼にならないように、先にエドワルド様の言葉を待ってからカーテシーをしてみせる。
公式の場というには微妙なところではあるけれど、最上位の貴族位を持つ相手に対する態度としては、これが一番無難で問題になりにくいから。
とはいえ、今回は少し違っていたようで。
「お顔を上げてください。もっと楽にしていただいて構いませんし、こちらこそお時間をいただき感謝いたします」
なんだか、少し困ったような声色にも聞こえて。頭を上げて表情を確認してみれば、エドワルド様は明らかに苦笑していた。
確かに謝罪がしたいと手紙には書かれていたけれど、それは前回会った時も同じだったはずなのに、いったいどうしたのだろうか。
詳しく何がとは言えないけれど、今までとは少し違う再会の雰囲気に、内心首をかしげていると。
「まずはどうぞ、お掛けになってください」
エドワルド様の対面の席を手で示されて、控えていた女性の使用人がそのイスを引いてくれる。
(というか、私この人知ってるよ?)
エリザベスと呼ばれていた頃、主に私についていてくれた女性で。寝る前のブラッシングも、彼女が基本的に担当してくれていた。
そんな人物がどうしてここにいるのかと、少しだけ疑問に思うものの。考えてみれば、彼女の本当の担当はこちらだった可能性のほうが高いことに、今さら思い至る。
(そもそも、飼い犬担当っていないよね、普通に考えて)
お客様対応が主な仕事の使用人だって、上位貴族ならば当然雇っているはず。
普段は別の仕事をしつつ、来客がある時には対応する。そういう働き方をしているのだとすれば、十分納得できる。
「ありがとうございます」
そんなことを考えながら、ひと言そっとお礼を口にすれば。目立たないように、小さく目で会釈してくれた。
こういう場面で使用人が表情を出すのはよくないと、知識として知ってはいるけれど。いざ目の前にすると、少しだけ寂しく感じてしまう。
彼女の笑顔を見たことがある私だからこその、個人的な感情だということは重々承知しているとはいえ。やはり、どうせなら笑顔が見たいと思ってしまうのだ。
(まぁ、さすがに無理だよね)
とはいえ、そこはしっかりと理解しているから。ちゃんと切り替えて、ゆっくりと顔を上げる。
対面に座っているのは、エドワルド・フォルトゥナート公爵様であり、この国の宰相閣下。それも、忘れてはいけない事実。
(私は、エリザベスじゃない。パドアン子爵家の令嬢、アウローラなんだから)
いくら下位とはいえ、貴族は貴族なのだから。上位貴族に対して、令嬢として恥ずかしくない対応をしなければ。
そう気合いを入れ直して、メガネの奥の青みがかったグレーの瞳を、正面から真っ直ぐに見据えたのだった。




