88.会いたい ~エドワルド視点~
エリザベスよりも、たった二度しか会ったことのない存在のことばかり思い出しているなど、普通に考えればあり得ない。
だが実際に、今の私の思考は例の令嬢のことばかりで。
「……アウローラ・パドアン子爵令嬢」
知っているのは、その名前と。プラチナブロンドと淡いブルーの瞳の持ち主で、優れた容姿をしているということ。
そして最初にすれ違った際に、エリザベスと同じ香りを纏っていたという、ただそれだけ。
前回は訪問を知らせていたからか、別の香りを纏っていたようだったが。それでも時折、あの懐かしい香りを感じることができた。
「エリザベス……」
そう。あの、あたたかくて柔らかな存在と、同じ香り。私が求めてやまない、大切な存在。
それと同列か、もしくはそれ以上などということは、あり得ない。
そんな風に、今も思っているのに。
「っ……」
どうしても、思い出してしまうのだ。あの泣き顔を。
決して意識しているわけではない。むしろ無意識下で、唐突に思い出すのだから。
自分でも制御できないこの現象を、何と呼ぶべきなのか。理由すら分からないまま、ただ後悔を覚えるのと同時に、胸が締め付けられて。
そうして、言葉では言い表せないような焦燥感に駆られるのだ。
(傷付けてしまったことに対する、謝罪がしたいのか? いや、違う)
一言だけの言葉で終わらせてしまえるような、そんな簡単なものだとは思えない。
もちろん、謝罪すべき点があるのは事実。だが、それをまた口実にしてしまっては、意味がないのだ。
前回は、それで失敗した。同じことをするのは、愚の骨頂にもほどがある。
何より、今度は警戒されるだろう。
(そうではなくて……)
口に出すべきではなかった本音だとか、後悔だとか。そういうことでは、なく。
ただ……。
「…………会いたい……」
それだけなのだと、納得しかけて。素直に口をついて出てきた言葉に、自分自身で驚いて口元を覆う。
何を口走っているのだと、動揺する心の内とは反対に。頭のどこかでは、冷静な自分が判断を下すのだ。ようやく腑に落ちた、と。
(あぁ、そうか……)
だから、彼女のパートナーがいまだ決定していないことに対して、心の底から安堵して。毎日のように、思い出すのだ。あの泣き顔を。
(私は……)
どうやら自分でも気付かない間に、驚くほど彼女に惹かれていたらしい。その事実にようやく思い至り、どこかスッキリとした気分で体をイスに預ける。
なぜ、と。思わないわけでは、ない。
まだ二度会話を交わした程度の相手に、どうしてそんな感情を抱けるのか。私自身の中に疑問も湧いてくるが、だからといって答えを出せそうにもない。
「……いや、それが普通か」
簡単に答えが出せるような感情ではない。理由など、後付けでどうとでもなるのだから。
それよりも、今は自分の愚かさに腹が立つ。
惹かれ始めていたことにすら気付かないまま、ここまで最悪な状況になって、ようやくその真実に辿り着くなど。愚かと言わずして、何と言おう。
思い出せる彼女の表情も、困惑や泣き顔ばかりで。笑顔の記憶など、全くといっていいほど覚えていない。
「さて、どうしたものか」
だが一度気付いてしまえば、そこからは早いもので。どうやって彼女を手に入れようかと、必死に思考を巡らせる。
あの白く細い手が他の男に触れることを想像しただけで、心の奥深くから、どろりとした黒い感情が溢れ出してくるのだ。
私ではない男の手を取り、笑顔を向け、デビュタントのファーストダンスを共に踊るなど。それは、どうあっても許せそうにない。
きっとその光景を見てしまえば、私は正気を保てないだろう。彼女のパートナーになっていいのは私だけだと、本気で思う。それほどまでに、強い想い。
(だが、まずは目の前にある問題を先にどうにかしなければ)
ある種の執着のようなものだと、ハッキリとした自覚もしつつ。涙を流させてしまったことへの謝罪と、信頼の回復が先決だということは、痛いほど理解していた。
同じ謝罪でも、今度は誠心誠意。パートナーが決定していない状況を利用したことも含めて、しっかりと頭を下げて。初めから、しっかりとやり直したい。
そこまでして、ようやく新しい関係を構築することができるのだから。




