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87.泣き顔ばかり ~エドワルド視点~

 その日は気分が晴れることもないまま、ベッドへと入ったのだけれど。不思議なことに、気が付いた時には朝だった。

 エリザベスがいなくなってからこれまでの間、ここまでしっかりと体を休めることができたのは、例の令嬢と初めて会った時以来で。


「……どういう、ことだ?」


 まるで彼女の存在がエリザベスの代わりのようで、どこか納得できないまま。それでも冴えた頭で、執務に臨めたのだった。

 それが、数日前のこと。

 すでにまた眠れない夜を過ごす中で、ふと思い出すのは、最後のあの泣き顔ばかり。

 直前まで交わしていた会話を考えれば、それすら嘘の涙だった可能性も高いはずなのに。それでも、忘れられなかった。


(なぜ……)


 そう、なぜ。あの泣き顔ばかり、思い出してしまうのか。

 そしてなぜ、そのたびにこんなにも強い後悔が押し寄せてくるのか。

 考えても答えが出ない問いに、あの日から囚われている私は。今日もまた真夜中に一人、自室の机に向かうだけの時間を過ごしてしまっていた。


「……何も、進んでいないな」


 手に取ることも、インク瓶を開けることもないまま。ペン立てに刺さったままの、愛用している道具の姿が目に入って。思わず、自嘲気味に笑う。

 眠れないからと起きてきたのに、これではこの場所に座っている意味すらない。

 あまりの無能ぶりにため息を零して、片手で前髪をかき上げながら頭を抱えた。


「何なんだ、本当に」


 少しでも気を抜いた瞬間、脳裏に浮かんでくるのは、もうずっと同じ表情ばかりで。回数を重ね日が経つごとに、胸を締め付けられるような感覚が強くなってきていた。

 初めは、後悔の念をさらに強く感じるようになってしまったのだと、そう理解していたのだが。


「違った、な」


 昼間、次期デビュタントたちへ次回日程の正式決定を知らせる書類を作成していた時に。何気なく、パートナーの決定の有無についても調べてみて。

 たった一人だけ、まだ書類が提出されていないことを知った瞬間の、あの感情は。明らかに、後悔しているはずの人間が抱くようなものではなかった。


「最低だな、私は」


 何せあの時、確かに感じてしまったのだから。安堵という、感情を。

 まだパートナーが決まっていない令嬢に対して、抱いていい感情ではない。せめて同情のほうが、まだ自然なはずだ。

 それなのに、本来であれば誰よりも味方であらねばならないはずの立場でありながら、抱いてはいけないはずの最低な考えに辿り着いてしまっていた。

 まだ決定していなくてよかった、と。あの時素直に、そう思ってしまっていたのだから。


「本当に……」


 最低だ。ともう一度呟いて、再び自嘲する。

 そもそも先に礼を欠いたのは、私のほうだ。パートナーが決定していないことを利用して、それと謝罪を口実に面会の機会を作ったというのに。

 あの嘘が、そんな思惑に気付いたからこそ出てきた、咄嗟のものだったとしたら。方法は最悪だが、そのきっかけを作ったのはこちら側だ。

 今は冷静だから、そんな風に考えられるが。あの時はそんな余裕すらなかったせいで、思いつきもしなかった。


 そう自分を分析していて、ふと気付く。

 エリザベスのことを考えている時間よりも、あの泣き顔を思い出しては令嬢のことを考えている時間のほうが、圧倒的に長いことを。


「……え?」


 その事実に、愕然とした。

 本来の目的は、エリザベスの捜索のはずだった。そのために、例の令嬢に会いに行ったはずだったのに。


「どうして……」


 呟いた言葉は、何に対する疑問だったのか。私自身、その答えが分からぬまま。

 ようやく気付いたその事実に、ただただ驚き困惑するばかりだった。



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