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78.形式上は初対面

「まずは、謝罪の機会を作っていただきありがとうございます」


 さすがに私のお客様だからと、オットリーニ伯爵夫妻は部屋には残らず。案内だけして、談話室をすぐに出ていってしまった。

 なのでこの部屋の中には、私とオットリーニ伯爵家の使用人と、客人であるエドワルド様とディーノさんの四人だけ。

 とはいえ、当然扉は開いた状態のまま。

 お互い未婚なのもあり、そのあたりはしっかりと配慮されている。


「いいえ。むしろ、謝罪までしていただかなくてはならないほどの大事(おおごと)ではありませんから」


 そう答えながらも、内心では今日のエドワルド様はよそ行きの言動だなと分析する。

 私自身もそういう受け答えの仕方をしているのだから、当然と言えば当然かもしれないけれど。


(貴族って、こういうところが本当に面倒くさいなぁ)


 それが、偽らざる本音である。

 一応、形式上は初対面の相手なので、丁寧に接する必要があるのは分かる。立場があらゆる面で上のエドワルド様が、そう接してくださっているのだから。

 私もそれに応えるべきなのも分かっているし、そもそもそれが普通なのだということも、十分に理解した上で。それでもなお、こんな感想が出てきてしまうのは。


(性に合わないんだろうなぁ)


 どうしても、領地で自由に領民と接していた期間が長すぎて。丁寧すぎるこのやり取りが、いっそ苦痛にも思えてきてしまう。

 それに。


(エドワルド様の本当の姿を、私は知ってるから)


 少しだけ、寂しさも感じてしまう。

 けれど、そんなことは表には出さずに。


「いいえ、まさか。女性に倒れ掛かるなど、失礼以外の何ものでもありません。本当に、ご迷惑をおかけしました」

「そんな……! 公爵様、頭をお上げください……!」


 というよりも、貧乏子爵家の令嬢としては公爵様兼宰相閣下に頭を下げられるという、この状況に耐えられなくて。つい、焦って腰を浮かし気味になってしまった。

 触れるのは失礼にあたらないのかと途中で迷ったおかげで、おそらく誰にも気付かれなかったとは思うけれど。

 そして、ここでちゃんと「公爵様」と言えた自分を褒めてあげたい。

 焦りすぎて、思わず名前を呼んでしまうような失態を犯さなくてよかった、と。


「デビュタント予定の一人として、本当にお世話になっておりますから……!」


 それに、実際色々と準備を進めてくれていることを知っている身としては。謝罪されるようなことは、何一つとしてなかったし。

 それよりも。


「むしろ公爵様こそお忙しすぎて、お体をしっかりと労わるためのお時間が、減ってしまっているのではありませんか?」


 個人的にも、エドワルド様の体調のほうが心配で。

 あの日のあと、ゆっくり眠れていればいいけれど。そうでないのなら、むしろこんな必要のない謝罪などに時間を使わず、しっかりと休んで欲しい。

 切に、そう願う。


「シーズン前のこの時期に忙しくなるのは、毎年のことですので。お気になさらず」


 なのに、これまたよそ行きの笑顔でそう返されてしまえば。


「そう、ですか……」


 としか言えなくなってしまって。

 犬のエリザベスとは違って、人間のアウローラではどうしようもないのだと、嫌というほど現実を突き付けられた気がした。


「ただ、謝罪だけというのは誠実性に欠けますから。何か、私にできることはありませんか?」

「公爵様にしていただけること、ですか?」


 それはむしろあり過ぎるだろうと、逆に質問の答えが幅広くて困惑する。

 それ以前に、謝罪以上の何かをしてこようとしているエドワルド様の思う誠実性の内容が、とても気になるところではあるけれど。

 とりあえず、今はそれは考えないことにして。


「お困りになっていることなど、ありませんか?」

「困っていること……」


 もう少し具体的に聞かれて、頭の中に最初に思い浮かんだ、今現在本気で困っていることが。


「デビュタントとしてファーストダンスを踊るパートナーが、なかなか決まらず……」


 何も考えていなかったせいで、つい口をついて出てしまって。

 ハッとして口を押さえた時には、もう遅かった。

 視界の端で、紅茶のおかわりを注いでいるオットリーニ伯爵家の使用人の女性も、驚きからか動きを止めてしまっていて。少しだけ目を見開いたような表情で、こちらを見ていて。


(やってしまった……!)


 本来であれば、そんなことを外部の男性、しかもシーズンを取り仕切る宰相閣下に相談するなど、あり得ないこと。

 これでは誰か紹介してくださいと言っているのと同じことだと、自分の至らなさに恥じ入るばかりで。

 どう弁解するべきか、必死で考えを巡らせていると。


「なるほど。それでしたら、私などいかがですか?」

「…………はい?」


 なぜか、聞こえてきてはいけない言葉が飛んできたような気がして。

 思わず顔を上げて、エドワルド様を見ると。

 相変わらずよそ行きではあるけれど、そこに浮かんでいた表情は明らかに笑顔だった。



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