77.おば様が本気
とはいえ、そう簡単に辿り着けるような真実ではない上に、そもそも知られたとして私自身には一切の非がないのだから。
どんなことがあっても堂々としていようと決めて、伯爵様に日程の調整をお願いすることにした。
(私には決定権もないからね)
そもそもデビュタントとしての準備のため、オットリーニ伯爵邸に滞在させていただいてお世話になっている身。
エドワルド様をお招きするにしても、フォルトゥナート公爵邸に向かうとしても。そのための準備が必要になるのは、伯爵家だから。
なのでどちらが良いのかも含めて、オットリーニ伯爵様に委ねた結果。エドワルド様との手紙のやり取りを経て、伯爵邸にお招きするという形になったらしい。
(それを聞いて一番喜んでいたのも張り切っていたのも、おば様だったなぁ)
その間、少しだけ心配そうな表情で伯爵様がおば様に目を向けていて。
もしかしたらあの視線は、過去に何かあったのではないかと少しだけ心配になった私は、それとなく尋ねてみたのだけれど。
(結局、今はもう大丈夫だろうから心配しなくていい、としか言ってもらえなかったんだよなぁ)
気になるところではあるけれど、無理に聞き出すようなことでもないので。とりあえず、私がその真相を知ることはなかった。
ただ唯一、私が今回のことで学んだのは。
おば様が本気で張り切るとスゴイ、ということだけ。
何せお屋敷にお迎えするお相手が、家格が上の公爵様であり、この国の宰相閣下なのだから。
(そりゃあね、今からじゃドレスを仕立て直すのは間に合わないから、せめて宝石だけでもって思う気持ちは分かるけど)
社交界デビュー前なので、あまり派手すぎず高価すぎない、小ぶりな宝石たちをあしらった小さな装飾品。
それを選ぶだけなのに、宝石商を呼んであれでもないこれでもないと、長時間お付き合いすることになった私は。
(ほんの少しだけ、伯爵様が心配そうな表情をしていた理由が分かった気がする)
などと思いながら、おば様の隣に座っていたのだった。
おそらく最後のほうは、無表情にならないようにと必死に貼り付けた笑顔だったので、宝石商の男性には気付かれていたかもしれないけれど。
あちらはプロフェッショナルなので、最後までそれを口や態度に出すようなことはなかった。
そうして迎えた、エドワルド様を伯爵邸へとお招きする当日。
数日前から磨き上げられてきていた私は、朝からドレスだの化粧だのと、それはもうしっかりと令嬢仕様にしていただいて。
あとは到着を待つのみとばかりに、談話室でおとなしく座っていたのだった。
(ただただ、暇だけどね)
とはいえ、お客様をお待たせしないようにという伯爵様の配慮の下、私はこの場所にいることが決定したので。
エドワルド様が到着次第、すぐに談話室にお通しすることで無駄をなくすという、とても効率的なこの流れは。おそらく、好印象を抱いてもらえるはず。
それを伯爵様が意識していたのかどうかは、また別として。
(今後のオットリーニ伯爵家のことを考えると、選択肢としては正解だったと思う)
少なくとも私の知っているエドワルド様は、大変効率を重視されるお方だったから。
特に、仕事に関することではなおさら。
「フォルトゥナート公爵様、ご到着です」
扉の外から聞こえてきた声に、私はスッとソファーから立ち上がった。
まずは伯爵様ご夫妻が、直接玄関でお出迎えして。その後、一緒に談話室へと向かう手はずにしたことで、少しだけ猶予が生まれる。
その隙に、私がいる談話室へとエドワルド様の到着を知らせてもらって、最後に服装のチェックをしてもらうことにしていた。
これは、私もオットリーニ伯爵邸からすればお客様だから、ということで。結果、玄関でのお出迎えからは外れたということ。
(こういうところも、やっぱり上位貴族はしっかりしてるよね)
どういう間柄なのかを、対外的にしっかりと示しておくだとか。
貧乏な下位貴族にとっては、その必要性も有用性もあまり分からないところではあるけれど。必要だからこその措置なのだろうから。
(それにしても、この状況はちょっと……いや。かなりドキドキするかも)
非日常的な環境に、二重に置かれているような気がして。一人、緊張感が高まる中。
談話室の扉が開かれる瞬間を、今か今かと待ちわびる私も。この時確かに存在していたのだった。




