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75.同じ匂い ~エドワルド視点~

「……夢か」


 呟いた声は、わずかに掠れていて。

 エリザベスがいなくなってすぐの日のことを、今さら夢に見るなど。その理由は、一つしか思い至らない。


「エドワルド様? お目覚めになられたのですか?」


 聞こえてきた声に体を起こしたところで、初めてメガネを外されていたことに気付く。

 同時に、なぜ自分が執務室で横になっているのかを悟り。


「また、か」

「はい」


 そこまで体に限界は感じていなかったが、どうやら久々に倒れてしまったようだ。

 しかも運の悪いことに、ようやく見つけたかもしれない手掛かりの、その目の前で。


「念のため例のご令嬢には、この件は内密にしていただくようお願いしております」

「そうか」


 差し出されたメガネを受け取って、ようやく視界が良好になる。

 倒れたことは予定外だったが、おかげで頭が冴えているのも事実。

 状況と体の調子を天秤にかけてしまうと、悔やむべきなのか喜ぶべきなのかすら分からなくなってきた。

 だが。


「ディーノ」

「はい」

「その令嬢について、少し調べてみてくれ」

「……と、おっしゃいますと?」


 あの瞬間、確かに感じたのは。


「彼女から、エリザベスと同じ匂いがした」

「同じ匂い、ですか?」

「あぁ」


 毎晩抱いていたから、よく覚えている。

 柔らかく、心地のいいあの香りは。いつまでも包まれていたいと思うほど、私に安らぎを与えてくれていたのだから。

 忘れるはずが、ない。


「なるほど。それで、突然倒れられてしまわれたのですね」

「そういうことだ」


 あの香りを感じながら眠りにつくのが、習慣になっていたからだろう。体が、それに反応してしまった。

 ここ最近は、また眠りが浅くなってしまっていたことも関係しているのかもしれないが。

 今はその原因を突き止めるよりも先に。


「確か、アウローラ・パドアンと名乗っていたな」

「パドアンということは、子爵家のご令嬢ですね」

「あぁ。運が良ければ、エリザベスについて何か知っているかもしれない」


 もしくは、今は彼女が保護しているのか。


「次シーズンのデビュタントの名簿の中に、同じ名前があったはずだ」

「であれば、情報を集めるのにもそう時間はかからないはずです」


 ディーノの言う通り、デビュタントの基本情報というものはすでに、資料としてまとめられている。

 つまり、必要になるのはその先だけ。その分時間もかからないだろうと予想するのは、当然のことだった。


「令嬢本人に問題がなく、かつ可能ならば、今回の件を謝罪したい旨を記した手紙も送っておいてくれ」

「お会いに、なられるのですか?」

「問題がなければ、だ。その場合、エリザベスの元の飼い主の可能性も否定できないだろう?」


 警戒ばかりしていたが、もしも今回の私のように飼い犬が突然いなくなっただけだったとすれば。名乗り出なかった理由も含めて、聞いてみたいことが山ほどある。

 何せここにきて、新たな可能性が浮上してきたのだから。

 ディーノもそのことに気付いたのだろう。わずかに考える素振りを見せたあと。


「パドアン子爵領は、王都からかなり距離がありますが……」


 そう、呟くように言葉を落とした。

 首をかしげているあたりから、疑問が抜けきれていないことも見て取れたが。


「だからこそ、だ。領地で飼っていた犬が、主を追いかけて屋敷を飛び出して、王都で迷子になっていた可能性も否定できないだろう?」


 それならば、誰も名乗りを上げなかった理由も納得できる。

 そもそも、飼い主本人が気付いていなければ、名乗り出るわけがないのだから。


「つまり、謝罪を口実に面会を申し込んで、エリザベスについて調べようという魂胆なのですね」

「人聞きが悪い言い方をするな」

「失礼いたしました。つい、思ったことが素直に口をついて出てしまいました」

「お前は……」


 呆れた表情を向けた私に、ディーノは珍しく悪戯(いたずら)が成功した子供のような笑顔を見せてから。


「では、すぐに調べて参ります。エドワルド様は、もうしばらくお休みください」


 今度こそ宰相(わたし)の右腕らしい表情で頭を下げて、執務室を出ていった。


「……いや、まだ執務が残っている状態だが?」


 しかも休むとしても、この部屋の中にはソファーしか横になれるような場所もない。

 そう思いながらも一人、いなくなった人間に向かって言葉を零した私ではあるが。今ならば、まだあの香りを思い出せる気がして。

 メガネを外してテーブルの上に置いてから、再び横になったのだった。



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