7.空腹を満たす
結局そのまま、本当に浴室へと連れて行かれた私は。そこに控えていた数人の女性の使用人に、隅から隅まで洗われた。
これが本当の犬だったら、きっと今頃は酷い目に遭ったと思っているところなんだろうけれど。私はむしろ、雨と泥でゴワゴワのドロドロだったので、とてもありがたくて。
洗ってくれたのが女性の使用人だったからこそ、そう思えたのかもしれないけど。
でもそれ以上に、こんな見ず知らずの犬のためだけに、あたたかいお湯を用意してくれていたことが。雨で冷えていた体には、本当に心地よかった。
(気持ちよかったぁ)
タオルで限界まで乾かしてもらったので、あとは自然乾燥。
いくら犬の姿になったからといって、体を舐めて乾かす度胸は、私にはない。これでも中身は、年頃の令嬢なんだから。
「見違えたな」
乾かしながらブラシもかけてくれていたおかげで、長い毛もサラサラになった私は。使用人の一人に連れられて、エドワルド様の元へと戻ってきていた。
とはいえ、かなり時間が経ってしまっていたから、最初の部屋とは違って食堂に通されたんだけど。
「大人しくしていたと聞いたぞ。慣れているのか暴れることもなく、賢い犬だ」
「わふん!」
人間ですからね!
むしろ洗うのから乾かすのまで、全部やってもらえるとか。実家のパドアン子爵家ではあり得なかったから、王都に出てきて楽なことを知ってしまったのよ。
「ディーノ、あれを」
「承知いたしました」
そしてここでようやく知る、エドワルド様の従者的なオールバックの人の名前。
人間の姿じゃないから、名前を聞くことすらできないし。当然どこのどなたなんていう紹介だって、してもらえないんだもん。
(名前が分からないままだったら、オールバックって呼ぼうかと思ってたし)
今のところ、このお屋敷の中で出会ったオールバックの人物は一人だけだからね。
なんて考えていた私の鼻が、無意識にヒクヒクと動き始める。捉えたのは、とてつもなく美味しそうな匂い。
「長時間、何も腹に入れていないんじゃないか? お前のために用意させたものだから、遠慮なく食べるといい」
そう言ったエドワルド様の言葉に合わせて、ディーノと呼ばれた人物が持ってきたお皿を、私の目の前に置く。
しかも食べやすいようになのか、ちょっとした台まで用意してくれるという、徹底ぶり。
(え! すごくいい人たち!)
確かに大型犬と言われていただけあって、顔と地面との距離が結構あるから。このまま直接床に置かれていたら、ちょっと食べにくかったかも。
「わふっ!」
ありがとうの気持ちを込めて、一声鳴いてから。言葉通りに遠慮なく、目の前の食べ物に食らいつく。
犬は獣なんだから、今だけは仕方がないと自分に言い訳をして。上品にとかマナーだとか、そういうことは今は一切考えない。
ただ空腹を満たすためだけに、欲望のままに口の中に食べ物を頬張って、はぐはぐと噛みしめて。
「っ!!」
そのあまりの美味しさに、思わず咀嚼する口が止まる。
(なっ、なにこれっ……!!)
見た目の彩りも赤に緑に白にと、とても綺麗に盛り付けられていたけれど。それ以上に、味が美味しすぎた。
特にお肉なんて、食べたことないくらい柔らかくて甘くて。
「どうした? 苦手なものでも入っていたのか?」
「わぉーーんっ!」
逆に美味しすぎて、思わず遠吠えしちゃった!
そのまま本当に、本能には抗えないまま勢いよく食べだした私に、エドワルド様は安心したらしい。
「足りないようだったら、まだ用意してやる」
とても優しそうな声で、そう言ってくれた。
目の前のご飯に夢中すぎて、全然顔を上げられなかった私だけど。きっとその表情も、声と同じくらい優しかったんじゃないかな。