68.煌びやかな場所
ただ実際、本番はパートナーと二人で行動することがほとんどなので。段取りだけでなく、城内の地図もしっかりと頭に入れておかなければ。
(いざ本番になって迷子とか、シャレにならないからね)
先ほどまでいた控室までならば、各々の家の使用人も一緒なので。そこまでは、苦労しない。
それ以前に、パートナーと一緒の場合もあるのだから。各々に割り当てられた当日の控室も、同じようなものだろう。
会場までの道のりも、全員一緒に向かうことになるので、そこまで困ることはない。
ただ、唯一。御不浄だけは、一人で向かう可能性が高く。しかもパートナー任せには、絶対にできないから。
(帰りにもう一度、確認の意味も込めて行っておこう)
パートナーが未定である以上、私は本当に誰にも頼れないので。それだけは忘れないようにと説明を聞きながら、すぐにこのあとの予定に入れた。
「こちらが、本番の会場となっております」
王城のダンスホールに足を踏み入れるのは、誰もが初めてで。ちょっとした緊張感が漂う中、ゆっくりと大きくて豪華な両開きの扉が開かれていく。
田舎育ちの私でも、聞いたことがある。その年の社交の始まりは、デビュタントのお披露目も兼ねているので、夜通し行われるのだと。
そしてシーズンの始まりに相応しい、それはそれは煌びやかな場所になっているのだと。
「わぁ……!」
「すてき……」
そんな声が、あちらこちらから聞こえてくるけれど。
私は、今までの人生で過ごしてきた環境とは、あまりにも違いすぎるその眩さに。声も出せないまま、ただ見惚れることしかできなくて。
案内をしてくれている女性の話も、半分くらいしか聞き取れていなかったけれど。
どうやら、本番当日はもっと華やかになるらしいということだけは、よく分かった。
(広いし、シャンデリアがいくつも付いてるし、天井には美しい絵が描かれているし、壁には彫刻があるし)
よくよく見れば、床にも素敵な模様が見えて。それでいて美しく磨き上げられているそこは、外からの明かりを取り込む大きな窓の光を、しっかりと反射していた。
どこを見ても、私が今までに見てきたものでは例えられないような美しさで。壮麗という言葉は、まさにこの場所のためにあるのではないかと錯覚しそうになるほど。
それでいて、上品さも忘れていないところが、さすが王が住まう場所だと納得させられる。
(私みたいな貧乏貴族出身の令嬢でも、それが分かるんだから)
普段から豪華なお屋敷に住む、家格が上のご令嬢たちは、もっとこのすごさが分かるのだろう。
先ほど私を慰めてくれていた彼女たちですら、この光景に見惚れていて。この瞬間だけは全員が同じ思いを抱いているのだと、その表情を見ただけでも十分すぎるほどよく分かった。
ダンスホールに入る直前までの、あの緊張感が。一気に高揚感に変わっていて。誰もかれもが、目を輝かせながら。ただ、ホールの中を見渡しているだけ。
そんな中。
「ようこそ。次のシーズンのデビュタントたち」
響いた声に、全員が一斉に目を向ける。
突然のことに、驚きが広がっていく。聞こえてきたのが男性の声だったことも、その一因なのかもしれない。
ただ、私だけは少し違う意味で驚いてしまって。
(今の、声って……)
聞き覚えがある気がして、必死でその姿を探す私の目が捉えたのは。
国王陛下と王妃陛下がお掛けになられるであろう、玉座が置かれている場所よりも、前。そこよりも一段低い形で設置されている、大きな台の上に。
「まぁっ……!」
「まさか、あのお方はっ……!」
見慣れた姿の、エドワルド様。
家格が上のご令嬢たちが色めき立っているように見えるのは、その正体を知っているからなのだろう。
小さく囁き合っている声は、どれもこれも嬉しそうだ。
「初めまして。私はエドワルド・フォルトゥナート。この国の宰相を務めています」
けれど、私は喜びよりも、懐かしさが先にきてしまって。
(エドワルド様だ……)
お屋敷にいる時とは、少し雰囲気が違うけれど。これがきっと、エドワルド様のお仕事中の姿なのだろう。
「初めてのシーズンで不安に思うこともあるでしょうが、当日も今日の案内人を務めてくれた彼女たちがサポートしますので、安心してください」
普段よりも、ずっと丁寧な喋り方は。きっと初めてのことばかりで緊張している私たちを、安心させるため。
それはきっと、エドワルド様なりの優しさなんだろう。
(色々なものが足りていない状況で、いきなり宰相と公爵の座に就くことになった人だからこそ)
そういうところにまで、気を遣っているのかもしれない。
と同時に、これがエドワルド様のお仕事の一つでもあり、忙しくなっていた理由なのかと思うと。
(ちゃんと、眠れているのかな……)
遠目からでは、顔色もよく分からないけれど。
それだけが、心配だった。




