表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、宰相閣下の抱き枕!?  作者: 朝姫 夢
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/117

62.あり得ない光景 ~エドワルド視点~

 その日は何の予兆もなく、突然訪れた。


 目が覚めて、真っ先に隣の愛しい存在に触れようと、手を伸ばして。

 そこに、いつものぬくもりがないことを知る。


「……エリザベス?」


 目覚めたばかりの、まだ働かない頭で。それでも今までにない状況に、どこか嫌な予感を覚えて。

 少し(かす)れた声で呼んだ名前は、不安を隠しきれていないまま。

 普段のように返事が返ってくることもなく、朝の静かな空気の中に溶けて消えていった。


 それは、つまり。


「エリザベス!? どこだ!?」


 飛び起きて、部屋中を見渡してみても。真っ白で美しいその姿は、どこにもなく。

 扉も開いていないことを確認して、もう一度目を向けた部屋の中。

 なぜか、かすかに揺れる窓際のカーテン。


「まさか!」


 急いで駆け寄って、その勢いのまま開いたその先から差し込んでくる、朝特有の眩しい光に、一瞬目を細めてしまったけれど。

 それでも焦る気持ちが(まさ)って、目を向けた先。

 眠りにつく前には、閉じていたはずの窓が。完全に、開け放たれていた。


「そんな……。なぜ……」


 毎晩ディーノが、最後に確認していることを知っている。昨夜も、しっかりと施錠されていることまで確認していた。

 それなのに。


「まさか、ここから……?」


 何らかの理由で窓が開いたことに気付いて、気になって出てしまったのだろうか。

 あの賢いエリザベスが?

 そう思いながらも、一歩足を踏み出そうとした瞬間。足先に当たった『何か』に視線を落として。


「ッ!?」


 そのあり得ない光景に、呼吸すら止まってしまった。

 なぜなら、そこに落ちていたのは。

 私がエリザベスのためにと用意させた、名前入りの首輪だったのだから。


「なぜっ、これがここにっ……!」


 しかもそれは、千切れているわけでもなければ、金具が外れたわけでもなく。

 ただ、エリザベスに着けていた時そのままの形で。輪の状態のまま、その場にあった。

 まるで、エリザベスだけがこの場から消えてしまったかのような錯覚を、私に与えるように――。


「ッ……! エリザベス! どこだ!」


 あのあたたかなぬくもりが、存在が。本当は私が作り出した幻想だったのではないかと、一瞬恐ろしい想像までしてしまって。

 けれど持ち上げた首輪は、確かにここにあり。それこそが、エリザベスが私の妄想などではなかったのだと、しっかりと証明してくれている。


「ディーノ! ディーノはいるか!?」


 このまま外に出るわけにもいかず、寝室の扉を開いて廊下へと声を向けながら、自室の扉も開こうとする私の目の前で。


「エドワルド様!? どうかなさいましたか!?」


 私を起こす予定だったのであろうディーノが、先に部屋の扉を開いて飛び込んできた。

 おそらく私の切羽詰まったような声に、異常事態を察知したのだろう。

 扉をノックすることすらなく、私の呼びかけにすぐに対処してくれたことに感謝の念も抱きながら。


「ディーノ、エリザベスがいなくなった!」

「なっ!?」

「理由は不明だが、寝ている間に窓が開いていて、これが落ちていた! おそらく、エリザベスは外に出ているはずだ!」

「そんな……!」


 残されていた首輪を差し出して、そう告げた瞬間。ディーノは今までにないほど驚いた顔をしていた。

 色々と、思うところはあるだろうが。窓が開いてしまっていた原因の究明は、後回しにするとして。


「急いで捜索してくれ! 名前を呼んでも戻ってこないことも含め、明らかに異常事態だ!」

「承知いたしました!」


 普段から賢いエリザベスをよく知っているからこそ、この状況が不可解であることがよく分かる。

 私の意思を汲み取ってくれたディーノは、支度よりも捜索の指示を優先させて。通常ではあり得ない速度で、部屋を出ていった。


「エリザベス……」


 確かに存在していた。それは、誰もが知る事実。

 私の妄想ではなかった安堵と、忽然(こつぜん)と姿を消してしまった不安が入り交じる中。一人、呟いた名前に。エリザベスが私の中でどれだけ大きな存在だったのかを、今さらながら思い知らされる。


「頼む。戻ってきてくれっ……」


 祈るように、握りしめた拳と。絞り出すように吐き出した、その願い。

 夜着のまま、メガネもかけない状態で。部屋の中で一人、立ち尽くしていた私は。

 この日、今までにないほどの絶望を味わうことになったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ