表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/117

60.私ではない

「おいで、エリザベス」


 そう言って、部屋の中に置かれているソファーへと移動するエドワルド様。

 私は言われた通り、そのあとを追って。ポンポンと示された隣に、素直に座る。

 犬の姿なので、完全にソファーに乗り上げてしまっているけれど。こればっかりは許してほしい。

 とはいえエドワルド様の指示だったので、咎める人もいないのだけれど。


「いい子だ」


 嬉しそうなエドワルド様の髪は、入浴後だからかサラサラと動くたびに揺れて。首筋にかかる長めの襟足が、とても色っぽい。

 最近は入浴後すぐに夕食だったので、この状態でメガネをかけたままのエドワルド様と対峙するのは、かなり久しぶりで。


(なんか、ちょっと新鮮な気分)


 以前はそうでもなかったはずなのに、久々すぎて感覚が変わってしまっている。


「エリザベス、約束は覚えているか?」

「わふぅ?」


 少しだけソワソワしている私の心情を、知ってか知らずか。エドワルド様が、唐突にそう問いかけてくるけれど。

 いったい何の話をし始めたのか分からなくて、思わず首をかしげてしまう私に。


「入浴後に、私を癒してほしいと頼んだだろう?」

「わ、わふぅ……」


 優しい笑顔でそう告げてくる姿が、初めて悪魔のようにも見えた。

 ここで確認を取ってくるのが、ズルいとも思う。


「無茶な願いを言うつもりはない。ただ少しの間、お前を抱かせてくれ」

「わっ……!?」


 久々に、人間の言葉を発したつもりになってしまったけれど。当然口から出てくるのは、犬の声でしかなくて。


(だ、抱かせてくれって……! そんな真っ直ぐに言う言葉だっけ!?)


 もはや混乱の極みにある私になど、構うことなく。というよりも、私の状態になど気付くこともなく。

 返事をするよりも先に、エドワルド様の手が伸びてきて。その腕の中に、しっかりと閉じ込められてしまった。


(なぁっ……!?)


 眠る時は、先に自分に暗示をかけて覚悟もしているから、まだいいけれど。こんなにも急に抱きしめられるとは思っていなくて、思わず固まってしまう。

 思考も完全に停止してしまって、もし今人間の姿だったら、きっと顔どころか体中全て真っ赤になっていただろう。


「これだけで、いい。しばらく、このままで」


 その「これだけ」が、私にとっては大事(おおごと)なのだけれど。

 エドワルド様からしてみれば、相手は犬。しかも、自分の飼い犬。

 となれば、問題などないわけで。


(わ、わっ……私にとっては、問題しかないんですけどっ……!?)


 これでも、嫁入り前の令嬢。いくらまだ相手がいないとはいえ、今後のことを考えるとあまりよろしくはない状況。

 普段の添い寝もそうだけれど、これだってかなりの大問題だ。

 そう、思う一方で。


「あぁ、エリザベス……。お前は本当に、あたたかい……」


 エリザベスという名前が、私ではないことを明らかに示していて。

 そのことが、私を冷静にさせる。


(……そうだ。今の私は、犬のエリザベス。貧乏子爵令嬢の、アウローラ・パドアンじゃあ、ない)


 だから、問題ないのだと。いつものように、自分に言い聞かせる。

 これは、恩返し。犬の姿の、エリザベスと名付けられた、別の存在。

 冷静になった頭で、だから大丈夫なのだと。今後に影響することはないのだと、しっかりと結論付けて。

 そうして……。


(これが、エドワルド様にとっての癒しになるのなら)


 受け入れるのが、恩返しになるのだと。そう、信じて。

 私はそっと、目を閉じた。

 ほんの少しだけ、痛みと悲しみを覚えた胸の内に、気付かなかったフリをして。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
癒しの時間が、スーパーナデナデタイムだったら、アウローラちゃん恥ずか死んでたかも?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ