59.鏡の代わり
(ところで、待っている間何をしようか)
一人でエドワルド様の自室で待たされた経験が、今まで皆無だったので。逆に、何をするべきか迷ってしまう。
おもちゃを取り出して遊んでいてもいいけれど、寝る前の今はそういう気分でもないし。
「わふぅ……」
どうしようかなの気持ちが、口から声として出てしまって。思わずハッとして、前を向けば。
目に入ってきたのは、カーテンが引かれた状態の、大きな窓。
(そういえば)
今は、夜。そして室内は、明かりが灯されている状況。
貧乏子爵家出身だからこそ、知っている情報が。今ここで、役に立ちそうで。
(鏡は高くて買えないけど、ガラス窓は鏡の代わりになる!)
パドアン子爵家で使われている窓のガラスは、透明度が低いものだったけれど。それでもある程度は、鏡の役割を果たしてくれた。
そしてオットリーニ伯爵家のガラス窓は、透明度が高いからこそ。夜になれば、出来の悪い鏡よりもずっと綺麗に姿を映し出してくれていて。
(つまり、フォルトゥナート公爵家ともなれば、きっと!)
最高級のガラスを使用しているはず。
しかもここは、公爵様の自室。さらにそのお方が、ここディーオ王国の宰相閣下ともなれば。
まず間違いなく、しっかりと鏡の役割を果たしてくれるだろう。
(いざ! 犬の姿を初確認!)
外に出られるように、なのか。床まである大きさの窓は、同じように床まで届くカーテンで隠されていたけれど。
朝、このカーテンをディーノさんが開けている姿を見ている私は、よく知っていた。この向こうに、外がよく見える綺麗なガラスの窓が存在していることを。
少しだけ重みのあるカーテンを、犬の前足でそっとずらすことで。室内の光を、ガラスへと届ける。
それと同時に、窓に浮かび上がった姿は。
(これが、犬の姿の私……)
色味は、思っていた通り白く。細長い顔は、どこか気品を感じさせる。
想像していたよりも、目から鼻までの距離が長く。そして、耳はだらんと下に垂れていた。
(確かに、お金持ちが飼ってそうな犬種かも)
毎日ブラッシングされているからというのもあるけれど、お手入れが行き届いている分、余計に白く長い毛並みが目を引いて。
立ち姿だけで、すでに優雅に見えた。
(鏡じゃないから、ハッキリとは分からない部分もあるけど)
きっと耳のあたりは、体にあるのと同じ淡いベージュの色をしているのだろう。
そしてこの姿を一目見て、貴族の飼い犬だと予想したエドワルド様たちの気持ちが、ようやく理解できた。
(野良の子とは、全然違うもん。私だって、同じ状況だったら同じことを考えると思うし)
そのくらい、明らかな差がある。
「エリザベス? どうした? 外に出たくなったのか?」
「っ!!」
ガラス窓に映る自分の姿に夢中になっていたせいで、扉が開く音にも人が入ってくる気配にも、一切気付けなかった。
カーテンにかけていた前足を下ろして、急いでエドワルド様に向き直って。
「くぅ~ん」
待っていましたとばかりにすり寄って、とりあえず今見た出来事を忘れてもらおうとする私だけれど。
「さすがに、この時間に外には出してやれないぞ」
「わふぅん」
どうやら、すっかり勘違いされてしまったらしい。
外に出たくて甘えているわけではないので、そこは問題ないのに。
「次の休みに、思いきり遊んでやるから。そこまで待てるか?」
なぜか、優しく頭を撫でられてしまったので。
「わふん」
それはそれで嬉しいので、しっかりと頷いておく。
これで言質は取った。約束通り、次の休日にはしっかりと遊んでもらおう。
そんな風に考えている私の心の内など、何も知らないエドワルド様は。
「いい子だ」
満足そうに笑って、私の頭をもう一度優しく撫でてくれたのだった。




