55.癒しを与えるもの
衝撃の事実が判明した、その翌日から。エドワルド様の帰りが、少しずつ遅くなってきて。
初めは本当に、いつもより少し遅いかな? くらいだったものが。段々と、明らかに遅いなという時間に変わってきていた。
「エリザベス? 今日もエドワルド様がお戻りになるのを待つつもりですか?」
「わふ」
すっかり外が暗くなってしまっても、まだ帰ってこないエドワルド様。
最近では陽が落ちてからの帰りが当たり前になってしまったので、このくらいの時間に玄関ホールに向かうようにしていた私は。途中でマッテオさんとすれ違った時に問いかけられて、当然とばかりに頷いた。
「あまりにも遅くなるような場合には、先に食事にしていてもいいと許可が下りていますよ?」
「わふん」
マッテオさんや料理長には悪いけれど、私はその言葉に首を横に振る。
このお屋敷の主は、間違いなくエドワルド様で。それならば、私の食事はエドワルド様よりも後でなければならないはずだから。
犬の本能というよりも、これは私がそうしたいだけ。
「そうですか」
マッテオさんにも、それが伝わったんだろう。少しだけ困ったような表情を見せたけれど、すぐに頷いてくれたから。
(きっと、マッテオさんも知ってるからだよね)
エドワルド様が、私が食べている姿を見て微笑んでいることを。
実は私がそれを知ったのは、本当につい最近のことで。たまたま、食事中に一息入れて見上げた先で。
(すごく、優しい目をして笑っていたから)
もしかしたら飼い犬の食事風景というのは、それだけで癒しを与えるものなのではないかと。そう考えて。
忙しいエドワルド様が、ほんの少しでも元気になってくれればと。
(なるべく、今まで通りにしたいって思ったんだよね)
エドワルド様の運動不足に関しては、もう仕方がないことだとしても。私だけならば、昼間に芝生の上を駆け回ればいいだけなので、特別困ることもない。
特に最近ではマッテオさんが、いつもの女性の使用人用のボールも用意してくれて。それを投げてもらって、咥えて戻ってくるという遊びもするようになったし。
残念ながら、エドワルド様と一緒に遊ぶ時間は大幅に減ってしまったけれど。だからこそ、それ以外はできるだけ変えないように。
何より時期的にも、忙しくなってきた理由が何となく想像できてしまうから。
(無理だけは、しないでほしいし)
おそらくディーオ王国の宰相閣下として、次のシーズンの本格的な準備が始まったのだろう。
私自身、社交界デビューが半年後に迫ってきているので、おそらくそのせいで普段よりも帰りが遅くなっているのだと思っている。
いまだに犬の姿のままだし、周りが忙しくなってしまったせいで森に行く方法どころか、その余裕もなくなってしまって。
個人的には、少し焦りも出てきたところだけれど。それとこれとは、また別。
「必要な物があれば、用意させますからね」
「わふ!」
マッテオさんの優しさに、ありがとうの意味を込めてひと吠えすれば。言葉と同じくらい、優しい笑顔で頷いてくれて。
できる家令のダークブラウンの瞳が、本当にしっかりと周りを見ていることがよく分かる。
そんなちょっとしたやり取りに、ほっこりした気分になりながら。まるでそういう置物のように、私は玄関ホールでエドワルド様の帰りを待ち続けた。




