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53.美味しいお肉

 口の中に広がる、お肉の香りと脂の甘さ。

 柔らかくてすぐに噛み切れてしまうのに、しっかりとした食べ応えと。鼻に抜けていく、香ばしさ。


(あぁ、美味しい……)


 幸せをかみしめるとは、まさにこのこと。


「そのフィレ肉は、エリザベスの好物だろう?」

「わふ!」


 エドワルド様に聞かれて、思わず返事をしてしまったけれど。普通に考えれば、今このタイミングで犬がするべき反応ではなくて。

 一瞬、背中を冷や汗が垂れるかのような感覚に陥る。

 犬なので、そんなことはないのだけれど。


「食いつきが違うから、よく分かる」


 とはいえ質問してきた本人は、特に気にしている様子もないので。おそらく大丈夫だったと思いたい。


(今さらといえば、今さらなんだけどさ)


 これでも一応、しばらくの間は飼い犬として過ごすつもりでいるから。変に疑われるような行動は、避けるべきだろう。

 なんて考えていても、結局はいつも通りになってしまうのだけれど。


(というか、今さらついでにもう一つ。この美味しいお肉、フィレって名前だったんだ)


 美味しいお肉、という認識しかなかったので。本当に、今初めて知った事実だったりする。

 そもそも名前を知りたいと思ったことがないし、たとえ思っていたとしても、質問することはできなかったから。


(人間の姿に戻ったら、ちゃんと調べてみよう)


 きっと、高級であることだけは、間違いない。それだけは、今の私でも分かる。

 逆に考えれば、誰かに聞いてみればすぐに答えが分かる可能性も高いということ。

 貧乏子爵家の令嬢が知らないだけで、貴族の中では本来一般的な知識なのかもしれないし。


「お前は毎回、肉も野菜も残さず食べきって、本当に偉いな」

「わふぅ?」

「不思議か? 残念ながら人間の中には、好みに合わないからと口もつけないような人物もいるんだ」

「わふ!?」


 そんな!

 食べられるだけでもありがたいのに、それを残す人がいるなんて!


(信じられない!)


 そう思ったのが、顔に出ていたのだろう。エドワルド様は、少しだけ困ったように笑って。


「人というのは贅沢を知りすぎると、傲慢な性格になってしまうこともある。私はそうならないように、気をつけてはいるが」


 さて、実際にはどうだろうな。と最後に呟いて、カップの中の紅茶を飲み干した。

 結局そのあとは、何かを考えているようで。特にこちらに目を向けることはなかったから。

 とりあえず食事を再開して、お肉の欠片も残さないように、しっかりとお皿を舐めて綺麗に完食した。


「今日も完食ですね。料理長も喜んでいましたよ」

「わふっ」


 むしろ、いつも美味しいごはんをありがとうございますと、こちらが感謝を伝えたいくらい。

 とはいえ、いくらマッテオさんといえども、そこまでは読み取ることはできないのを知っているから。


(いつか、伝えられたらいいなぁ)


 なんて、一人で叶わない願いを抱くだけで終わってしまうけれど。


「偉いぞ、エリザベス」

「わふ」

「満足したか?」

「わふっ!」


 そもそも、このお屋敷の主人がこんなにも笑顔でいてくれるのだから。もしかしたら、マッテオさんはそのことも料理長に伝えてくれているのかもしれない。

 ごはんを美味しくいただくことや、完食することだけではなくて。エドワルド様のこの表情を、食事の時間に引き出せるということが。


(料理長も喜んでいるっていう言葉に、隠されているのかもしれない)


 もしかしたら私が考えすぎている可能性も、否定できないけれど。

 それでも。


「そうか。お前が幸せなら、それが一番だ」

「わふん!」


 エドワルド様が柔らかく優しい笑顔で笑ってくれるのなら。

 私はもう、それだけで十分だった。



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