47.飼い犬の首輪
行動力ありすぎじゃないかな? と思いながら見つめる先では。
「ディーノ、エリザベス用の首輪の準備を」
「首輪、でございますか?」
「昨夜、私が主になることの了承を得た」
「それは……! おめでとうございます!」
ディーノさんの手によって着替えが終了したエドワルド様が、髪のセットをされているところだというのに。
「すぐに図案の用意と……あぁ、素材はいかがいたしましょうか?」
「丈夫で軽い、革製がいい」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
「頼んだ」
仕事の内容ではなく、ずーっとこの調子で。
(飼い犬の首輪についての話題だけで、どこまで話せるんだろう、この人たち)
若干、呆れも含んだ目で見ている私に、気付くことなく。
それはそれは楽しそうに、満足気に会話を続ける二人は。お屋敷の中を移動中も、結局話題を変えることなく。
何なら、最終的にはマッテオさんまで会話に加わって。
(……え。そのまま出かけて行ったけど?)
私が美味しく朝食をいただいている間だけじゃなく、馬車に乗り込む寸前まで、首輪のデザインについて話し合っていた。
おそらく馬車の中でも、その話題で盛り上がっていることだろう。
「エリザベス、ありがとうございます。これで、エドワルド様の今後の睡眠時間の確保は安泰です」
「わふぅん……」
何だろうか、この……何とも形容しがたい、微妙な感情は。
もはや私の価値は、抱き枕としての部分にしかないような気もするけれど。
ただ実際、喜ばしいことに違いはないのだろう。私がこのお屋敷の使用人だったら、同じように思うだろうから。
だから、気持ちが分からないとは言わない。
(言わないけど、さぁ)
使用人から使用人へと、徐々に広がっていくその情報が今どこまで行っているのかは、すれ違う人の表情や目線で分かってしまうので。
(なんか……これはこれで、落ち着かない……)
さっきの男性使用人は、私を見て明らかに嬉しそうな表情をしたあと、すれ違いざまに頭を下げていったし。
普段物静かで、全く動じる様子を見せたことのないベテランの女性使用人は、遠くから私の姿を見つけた瞬間、感極まったように顔を覆っていたし。
(分かるけど。知ってるけど)
あまりにも仰々しいその行動の数々に、理由を知っている私でさえ、反応に困っている。
エドワルド様の睡眠不足問題は、確かにフォルトゥナート公爵邸の中では、それこそ最重要事項だったのかもしれないけれど。
私が抱き枕になっていることが、ほぼ全員に知られているという事実も。
(そもそも、根本的な解決はしてないってことも)
色々と、問題ありな状況だというのに。
とりあえず解決したかのような雰囲気になっているのも、困っている理由の一つで。
(……私、人間の姿に戻っちゃダメなのかなぁ?)
思わず遠い目をしたくなってしまったけれど、そこは小さくため息をつくことで誤魔化しておいて。
毎晩抱き枕になっていることを知られている恥ずかしさ以上に、いつまで期待にこたえ続けられるか分からない申し訳なさに。どうしても、気が重くなってしまう。
(ずっとは、いられないよ)
それまでに他の方法を探しておきたいというのが、本音ではあるけれど。
とりあえず、今のところは。
「エリザベス、食事の時間ですよ」
「わふっ」
呼びに来てくれたマッテオさんの言葉に、丸くなっていた体を伸ばしながら立ち上がって。食堂へと向かう廊下を、マッテオさんの後ろをついて歩いていく。
時折すれ違うフォルトゥナート公爵邸の使用人の方々に、それはもう多大な感謝の念を送られながら。
(やっぱりちょっと、過ごしにくいよぉ……)
期待にこたえ続けなければならないことも、注目され続けることも。
今まで一度も経験したことがないので、対処の仕方も分からないまま。
(こういう時はとりあえず、しっかり食べてしっかり動いてしっかり寝る!)
それでも普段通りであることを貫いたのは、ある意味正解だったのかもしれない。
とりあえず、食欲が落ちなかったことだけは、本当にありがたいなと思った。
(……もしかして私って、案外図太い?)
なんてことが、チラッと頭を過ったけれど。
そもそも貧乏子爵家の出身なんだし、今後も貴族社会で生きていこうと思うのなら、これくらいで丁度いいだろうと自分を納得させて。
まずは、食後の休憩という名のお昼寝の準備を始めるのだった。




