46.この偶然が
「そもそも、お前の本来の飼い主であろう人物は、一向に名乗り出てこないだろう?」
「わ、わふぅ」
そりゃあ、まぁ。いませんからね、飼い主なんて。
とは、口が裂けても言えないけれど。
というか、伝えたくても犬の姿では伝えられない。
「お前に未練がないのであれば、私を新しい主人に選んで欲しい」
「わ、ふ……」
そして真剣な表情で伝えられる言葉がそれというのも、エドワルド様らしいといえばらしいけれど。
これはこれで、やっぱり少し違うような気もする。
(そもそもこういう場合って、犬が主人を選ぶの?)
本来であれば、人間側が飼い犬を選ぶのではないだろうか?
そして保護した犬の飼い主が見つからなかったので、自分の家の子にしました、みたいな。
(そういうものだと、思ってたけど)
王都では、違うのだろうか?
それとも、貴族というのは本来こういうものなのだろうか?
(よく、分からないけど……)
とはいえ、今のところ私に飼い主というものは存在していない。
そして、この家で何不自由なく生活させてもらっていて。
さらには、選択権まで私に委ねてくれる。
(家のこととか、話してくれたのもそうだけど)
エドワルド様だけじゃなくて、フォルトゥナート公爵邸の人たちは全員、私に対してまるで人間に接するかのようで。
そんな、優しい人たちに。
(私はまだ、ちゃんと恩を返せてないんだよね)
その唯一の方法が、エドワルド様の抱き枕になること。
(正直、魔女に犬の姿にされて、宰相様に抱き枕にされるって、どういうこと!? って思わなくはないけど)
ただこの偶然が、少しでも役に立つのなら。
せめて、私が人間の姿に戻れるまでの間だけでも。
(許される気が、するんだよね)
個人的には、エドワルド様の婚約者のご令嬢に、とても申し訳ないなとは思うけれど。
宰相閣下であり、フォルトゥナート公爵様であるエドワルド様。その婚約者ともなれば、公爵令嬢か侯爵令嬢か。
どちらにしても釣り合うように、身分の高いお方であることに変わりはないはず。
(田舎育ちの、しがない子爵令嬢でごめんなさい……!)
心の中で、見たこともない人物に謝りながら。
「どうだ? エリザベス」
「……くぅ~ん」
エドワルド様からの提案に、頬を寄せて応える。
「っ……! エリザベス……!」
私の意図に気付いたらしいエドワルド様が、一瞬驚いたような顔をして。けれどすぐに、嬉しそうな笑顔を見せて、私を抱き寄せた。
「ありがとう……! 必ず大切にする! 今ここで誓う!」
「くぅん」
それは、婚約者の方のために残しておいて欲しい言葉だったなぁ、と。のんきに考えてしまった私だったけれど。
「あぁっ、エリザベス……! 嬉しいよ……!」
当のエドワルド様本人が、とてつもなく感動していらっしゃるご様子だったので。
(おとなしくしているのが一番、なんだろうなぁ)
これが令嬢の姿だったら、それはもう素敵な娯楽小説のワンシーンだっただろうに。
残念ながら犬相手では、ただの日常でしかない。
それでも中身はちゃんと令嬢なので、緊張もするし恥ずかしいとも思っているけれど。
それ以上に。
(本当に、ごめんなさい)
でも、決して。決してエドワルド様とは、何もないんです。誓って。
そんな風に、名も知らぬ婚約者のご令嬢に、心の中で謝り続ける私だった。




