45.釈然としない
「とはいえ、フォルトゥナート公爵としてもディーオ王国の宰相としても、私はまだまだ未熟で。だからこそ、ひたすらに努力をするしか方法がなかった」
「……」
ここまでの話を聞いて、どれだけエドワルド様が大変な思いをして過ごしてきたのか、私には想像することしかできないけれど。
ただ、自分のみに置き換えて考えてみた時に。
(耐えられない、かも)
重圧にもだけれど、何よりも自分の未熟さに。
それを理解した上で、必死で努力をしてきたエドワルド様は、本当にすごいと思う。
「だが一方で、徐々に眠りが浅くなってしまって。ついには一睡もできない日が続くようになってしまったんだ」
けれど、同時に。
そういう、真面目さが。
(自分を追い詰めちゃって、体を休められなくなっちゃったのかも)
気付かぬうちに、気を張りすぎていて。その結果、睡眠不足になってしまうくらいに。
「原因も分からぬまま、医者にも匙を投げられてしまって、どうしようもなかった」
「わふぅ……」
「そんな悲しそうな顔をしないでくれ」
困ったような顔をして、私の頭を撫でてくれるけれど。
どれだけ長い間苦労してきたのかと、考えるだけで。胸が苦しくなって、泣きたくなる。
私が泣いたところで、どうにもならないのは分かっているけれど。
「今はエリザベスがいてくれるおかげで、十分な睡眠がとれるようになった。以前よりも、執務が捗るようになったんだ」
「わふぅ?」
「本当だ。最近では頭が冴えているからか、書類を処理する速度も上がって、効率的に執務が進められるようにもなっている」
それなら、よかった。
毎日恥ずかしい思いをしながらも、抱き枕としての役目をはたしている甲斐があるというもの。
これで何の効果も出ていなかったら、悲しすぎる。
「だからこそ。あの日、あの場所で出会えたことは、奇跡だと思っている」
「わふ……」
確かに、あれは偶然でしかなかった。
私がたまたま、森に出かけていて。たまたま、森の魔女に難癖をつけられて、犬の姿にされて。
そしてオットリーニ伯爵邸の門番に追い返されて、街の人たちにも石を投げられて避けられて。
たまたま、あの路地裏から出てきたタイミングだったからこそ。
(私は、エドワルド様に見つけてもらえたんだもんなぁ)
そうじゃなければ、今頃はあのあたりの路地裏で野垂れ死んでいたかもしれない。
そう考えると、怖すぎる。
「エリザベス」
「わふ?」
呼ばれて、その顔を見上げれば。
真っ直ぐにこちらを見ている、青みがかったグレーの瞳と目が合う。
寝る準備を整えた上で、ベッドの中だから。当然、今はメガネをかけていない状態で。
普段とは違う、その真剣な表情に。
(なんか……すっごくドキドキする……)
特別なことは何もないけれど、この状況と。真剣な目をしたエドワルド様と、真っ直ぐ向き合うという行為に。
犬の姿ではあるけれど、これでも一応乙女でもある身としては、やはり意識はしてしまうわけで。
ただ。
「私には、お前が必要だ」
「わ、わふぅ……」
一方で、その意味合いを、私はしっかりと理解していた。
つまり、犬という名の抱き枕としての必要性を説かれているのだ、と。
(なんか、こう……釈然としないものを感じなくはないけれども)
この微妙な気持ちのまま、頭の中ですら何度も否定の言葉を繰り返してしまっているけれど。
とにかく、今のエドワルド様には私という存在が必要なのだということは、なんとなく分かった。
ちょっと、納得しきれないところはあるけれど。
「だから、私の飼い犬にならないか?」
「……!?」
ただ、まさかそんな言葉を告げられるとは思っておらず。
私は驚いて目を見開いた状態で、しばらくそのままエドワルド様の目を見つめてしまっていたのだった。




