41.情が移ってしまった
思っていた以上に体は疲れていたのか、しっかり熟睡していたらしい。
目が覚めた時には、すでに近くに大勢の人の気配がして。
同時に、交わされている会話が耳に入ってきた。
「本当に、エリザベスのおかげだな」
これは、エドワルド様の声。
まだ寝ぼけている頭でも、それだけは分かった。
「シーズンの手配が本格的に始まる前までには、必要な執務は全て終了する予定ですからね」
この声と話し方は、ディーノさんだろう。
エドワルド様に対して、マッテオさんよりも少しだけ砕けた口調になることがあるのを知っているから。おそらく、間違ってはいない。
「だが、だからこそ恐ろしいとも思う」
「エリザベスを手放すことになる可能性が否定できないことが、ですか?」
「そうだ」
二人の言葉を聞いて、一番最初に心の中に宿った感情は、喜びだった。
どんな形であれ、自分を必要としてくれている人がいる。それが、こんなにも嬉しい。
けれど。
(いつまでも、このままではいられないから)
それも、事実で。
眠りに入る前に考えていたことが、ここでも繰り広げられることになるなんて。
マッテオさんもそうだったけれど、私たちはお互いが日常に溶け込みすぎているのだろう。
お互いがお互いに、情が移ってしまった。だからなおさら、離れがたくなってしまう。
それが、分かっているから。
(早く、何とかしないといけないのに)
焦るのは、社交界デビューが控えているからだけではない。
私自身が、ここから離れられなくなってしまう前に。これ以上悲しいと、寂しいと感じてしまう前に。
決断が鈍ってしまわない内にと、そう思うのに。
「エドワルド様、調査結果が届いておりました」
扉をノックする音の後に聞こえてきた、マッテオさんの声で紡がれるのは。
「あぁ、助かる。それで、どうだった?」
「結論から申し上げますと、エリザベスと同じ犬種を購入した貴族や商人は、王都内では存在が確認できませんでした」
「そう、か」
かなり前から、私に関する調査をしていたのだろうと分かるもので。
ただ、納得はできる。そもそも初日から、エドワルド様はしっかりと対応しているはずなのに。一向に飼い主だという人物が名乗り出ないのだから。
(当然と言えば、当然なんだけどね)
飼い主など存在していないのに、名乗り出てくる人物がいるわけがない。
当たり前のことだけれど、私はそれを知っているから、不思議に思うことがないだけで。
エドワルド様たちからすれば疑問でしかないであろうことも、十分に理解はできるのだ。
「ここまで探して飼い主が見つからないということは、エリザベスは迷い犬ではない可能性が高いと思うのだが。どうだ?」
「私も、エドワルド様の見解に賛成したいところではあるのですが……」
「犬種が、あまりにも貴族や商人向きであることに、少々疑問が残ります」
そこまで聞いて、そういえばまだ自分の見た目を確認できていなかったことを、ようやく思いだした。
大型犬であることと、白いふさふさの尻尾をしていることと、白い毛にところどころベージュのような色が混ざっていることと。
(あとは、意外と足が細いところぐらいしか、分かってないかも)
顔つきは、正直一切想像がつかない。
「正規でない方法で、商人が手に入れた可能性はどうでしょうか?」
「どこぞの貴族に売りつけるつもりでということであれば、それも考えられるな」
「その場合、我こそはと名乗り出るような人物は存在しないでしょう」
真剣に話し合っている彼らには悪いけれど、そのどれもが外れているので、私は内心で首を振る。
本当は、真実を教えてあげたいところではあるけれど。
そもそもこの姿になった経緯が経緯なので、はたして信じてもらえるかどうかも定かではないところが、恐ろしい部分ではある。
(まぁ、でも)
結局、犬の姿では伝える手段を持たないので。
その議論が答えを導き出す日は、きっとこの先も訪れることはないのだろう。




