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35.逃げ場がない

「また、ですか」

「少しでも進めておきたいからな」


 どうやら、私が一緒にいない時のエドワルド様は、いつもこうらしい。

 二人の会話からそれが分かるようになってしまった私も、大概(たいがい)な気がするけれど。


(それ以上に、暇さえあれば仕事してるエドワルド様のほうが大概だわ)


 むしろ、重症と言ったほうが正しいかもしれない。

 食事と入浴の時間以外は、常に書類と向き合っているような気がする。

 もはや書類と生活していると言っても、過言(かごん)ではないのかもしれない。


「エドワルド様ご自身にも、少しはお体を労わっていただきたいのですが」

「わふん」


 ディーノさんの言葉に、私も賛同してみるけれど。


「何を言っている。これが上手くいけば、その必要がなくなるはずだろう?」


 エドワルド様の、何も疑っていない真っ直ぐな言葉に、二人して反論する意思を失ってしまう。

 そもそも、なぜか上手くいく前提で話を進めているというのに。エドワルド様はどこか、確信めいたところがあるのかもしれない。

 自信たっぷりにそう言われてしまっては、こちらとしても否定はしにくいのだ。


(というか、上手くいかなかったらまた一からなんだけど)


 その上今回に関してだけは、私の心情は複雑で。

 成功してぐっすり眠ってほしいと思う反面、これで成功されるのもちょっと困るという。


(そもそも男性と二人きりで、同じベッドで寝るとか……!)


 恥ずかしいにもほどがある。

 そうでなくても、令嬢としてはあるまじき行為だというのに。


(でも、今回は仕方がない。これはお世話になっている人への恩返し)


 それに今の私は犬の姿だ。犬だから問題はないのだと、自分に言い聞かせて。

 どうにかこうにか、羞恥心を端へ端へと追いやろうとするのだけれど。


「おいで、エリザベス」

「っ!!」


 ディーノさんの手で着替えを終わらせたエドワルド様が、ビックリするくらい優しい声で私を呼ぶ。

 正確に言えば、犬の姿の私の仮の名前を、だけど。


(私はアウローラ。エリザベスじゃない。でも今は犬の姿であって、人間じゃない)


 ゆっくり深呼吸をしながら、先ほど以上に強い気持ちで、自分に暗示をかけるように頭の中でそう繰り返す。

 私は犬だ。私は犬だ。人間じゃない。と。

 そうして、意を決して見上げた先で。


「ん」

「ッ……!!」


 メガネを外して、ベッドに潜り込んだ状態で、真っ直ぐに見つめてくる青みがかったグレーの瞳と目が合って。


(やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい……!!)


 自己暗示が完全に失敗したことを悟る。

 しかも恐ろしいことに、少し襟足が長いブリュネットの髪が、その首筋にかかっている姿が。あまりにも、色っぽくて。


(エドワルド様って、そんな色気を隠してたの……!?)


 普段の様子からは、片鱗など感じ取れなかったのに。

 しかもどうやら、犬というのはやはり夜目(よめ)がきくらしい。

 どう考えても、わずかな明かりしかないはずのこの場所で。エドワルド様の姿が、ハッキリと見えてしまっているから。


(余計に恥ずかしいんですけど……!!)


 以前、人間の時よりも見えている気がすると思ったことがあったけれど。どうやらあれは、間違っていなかったらしい。

 できれば間違っていて欲しかったというのが、今この瞬間の本音ではあるけれど。


「どうした? 今日はここで寝ていい。私が許可を出す」


 どうやら、私が戸惑っている理由を勘違いしたらしいエドワルド様が、そう口にしたことで。


「わふぅ……」


 逆に逃げ場がないのだと、再確認させられる。

 とはいえ、ここまで来てしまったのだし。しっかりと体を休めて欲しいと思うのも、本音ではあるから。


(えぇい! 女だって度胸は大事! なるようになれ、だ!)


 思い切って、ベッドの上に飛び乗る。

 ただし、実際にはゆっくりと優しく、だったけれど。

 気持ちは思いきっていた。それは、間違いない。

 ただ、忘れてはいけない。ここは、フォルトゥナート公爵邸。現宰相様の、お住まいだということを。


(ふ……ふっかふかだぁ~!)


 今までのソファーとは比べ物にならないくらい、柔らかな寝具。

 そして飛び乗った先では、しっかりと体を支えてくれるであろう、心地よい反発。


(こ、これはっ……!)


 詳しくなくても、分かる。分かってしまう。

 これはとても、いい寝具だ、と。

 そして同時に。


(これで、眠れないって……)


 エドワルド様が、いかに重症なのかということも。

 この心地よさで眠れないということは、確かに相当なのだろうと、素人でも分かってしまうというもの。


「いい子だ」

「ッ!!」


 そして油断した頃にやってくる、色気を含んだ柔らかな声。


(いや、だから……! どこにそんな色気を隠し持ってたのよ……!)


 声にならない声を上げて、(もだ)えたくなるのを必死にこらえながら。


「おいで、エリザベス」

「~~~~ッ!!」


 されるがままに、ベッドの中に引きずり込まれていく。

 そんな私の心の中は、ある種の恐怖と羞恥と、他にも言い表せないような感情で入り乱れていたのだけれど。


「お前は本当に、あたたかいな」


 私の様子に気付く様子もないエドワルド様は、そう呟いて。

 本物の抱き枕かのように、犬の姿の私を抱きしめながら。

 やがて、静かな寝息をたてはじめた。


(……本当に、このまま寝ちゃった)


 まだ多少残っている羞恥心と、この状況下に早鐘を打っている心臓を抱えていた私は。

 その穏やかな音が聞こえてきた瞬間、何だか色々と焦っている自分がバカらしくなってしまって。


(寝よう、私も)


 結局、そのまま眠りに落ちることになったのだけれど。

 これが、まさか。本当に、効果てきめんで。

 目覚めた時には空が明るくなってきていて、それなのに隣でしっかりと眠っているエドワルド様の姿を見た瞬間。


(あぁ、よかった)


 驚きよりも先に安堵(あんど)(まさ)って、そのまま二度寝を決め込んだ私は。

 ディーノさんが起こしに来てくれるまで、あの羞恥心は何だったのだと思うほど、しっかりと熟睡していたのだった。

 もちろん、エドワルド様と一緒に。



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