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32.新しい日課

「エドワルド様、本日はいかがいたしましょうか」


 夕食後の紅茶をゆっくりと傾けているエドワルド様に、マッテオさんが問いかける。

 結局あの日、十分に睡眠をとったことで逆に眠れないだろうからと、朝まで書類と向き合っていたけれど。

 実はそのあとも、眠れない日は続いていて。


「……あれから、少し考えたことがある」

「何を、でございますか?」

「ゆっくりと眠れたあの時と、そうではない場合の違いは、何だったのかと」


 これでもこちらとしては、毎日疲れるまで遊んでもらっているわけだから。役割はしっかりと果しているはずなのに。

 それでも眠りにつけないエドワルド様は、夜中に起き上がって朝まで机に向かう日々。


(これじゃあ、あの日の前に逆戻りだよ)


 また少しずつ、目の下のクマが目立ち始めてきていることも気になる。

 どうにかして眠ってもらいたいとは思うのだが、解決策はいまだ見つかっていなかった。


「正直なところ、眠れた理由が明確に理解できているわけではないが」


 そんな中、エドワルド様が語り始めた内容に。食堂内にいる全員が、真剣に耳を傾ける。

 もしかしたらそこに、何かしらのヒントが隠されているかもしれないから。


「あの日は眠りに落ちる直前までエリザベスを撫でていて、気持ちよさそうなその表情を見て思わず抱きしめたところで、記憶が途切れている」

「つまり、エリザベスが入眠導入剤の役割を果たした、ということでしょうか?」


 被せ気味に思わず口を挟んでしまったのは、ディーノさんがそれだけエドワルド様のことを心配していることの裏返しだろう。

 ただ、それよりも。


(私……?)


 いきなり出てきた自分の話題に、驚きを隠せないまま。

 思わずキョトンとしてしまった私に、エドワルド様はメガネの奥の青みがかったグレーの瞳を向けて。


「私よりも高い体温を、あたたかいと感じた。おそらくそれが、眠りに入るのにちょうど良い心地よさだったのではないかと思ったのだ」

「なるほど。犬の体温は人よりも高いそうですから、可能性は十分にありますね」

「わふぅ?」


 そうなんだぁと思いながらも、一斉に向けられる視線にちょっとだけ緊張して。思わず目をそらしてしまったけれど。

 ただ、この話の流れを考えると、必然的に。


「それでしたら、ベッドに入る前に一度エリザベスを抱きしめてみてはいかがでしょうか?」

「エドワルド様の仮説が正しければ、素早い入眠が可能になるかもしれませんね」


 マッテオさんとディーノさんの提案に、驚き固まる私とは対照的に。


「試してみる価値は、あると思っている」


 明らかに乗り気な、エドワルド様。

 この状況下で、私に否やを唱える権利があるだろうか? いや、あるわけがない。

 かくして。


「エリザベス」


 寝間着姿のエドワルド様に、毎晩抱きしめられるという新しい日課が加わったわけなのだが。

 これでも、中身はれっきとした子爵令嬢。恥ずかしさがないわけでは、ない。


(とはいえ、お世話になってるから……!)


 犬なので顔が赤くなるということもないのだし、結局は自分の中の羞恥心との戦いだと言い聞かせて。


「やはりお前は、あたたかいな」

「っ……!!」


 耳元で、落ち着いた男性の声で囁かれるという羞恥に、必死に耐えて。

 そうして得られた結果は、確かに毎晩の穏やかな寝息だったわけだけれど。


(でも、私は知ってるんだよね)


 寝つきはよくなったけれど、結局朝方には目を覚まして、机に向かうエドワルド様の姿があることを。

 ようするに、完全なる解決には至っていないのだが。


(これ以上、どうすればいいっていうの!?)


 宰相様であり公爵様であるエドワルド様は、きっと本人が思っている以上に気を張っているのだとは思うけれど。

 それをどうすればほぐしてあげられるのかは、まだまだ答えが見えない課題のままだった。



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