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31.会話ができたら ~エドワルド視点~

 私が父上から宰相と公爵の座を引き継ぐことが決定したのは、本当に急な出来事だった。

 ある日突然倒れてしまった父上は、なかなか目を覚まさず。このままでは執務が滞ってしまうと、当時補佐につく予定でどちらも学んでいた私が、代行していたのだが。

 ようやく目を覚ました時には、医者から今までのように執務をこなすのは不可能だと宣言されてしまって。

 前例がないことだが、私が十八歳で成人するのと同時に、宰相と公爵のどちらをも引き継ぐようにと、陛下から命が下された。


(反発が、なかったわけではないのだろう)


 だが陛下からの直接の命であるのと同時に、国の運営にまつわる様々な資料を読み込んできた人間が他に存在していなかったのだから、納得せざるを得なかったのだろう。

 こればっかりは、安易に情報を開示できないのだから、仕方がない。

 代々宰相を務めてきた我がフォルトゥナート公爵家には幸いなことに、宰相補佐兼家令としてガリレイ家が古くから仕えてくれている。

 特に、長年父上の右腕として仕えてきたマッテオがいてくれたおかげで、これまで大きな問題が発生するようなことはなかった。


(対外的には、だが)


 実際のところ、私はまだまだ若輩者(じゃくはいもの)で。そこはどうやったって、変えることはできない。

 あれから五年の月日が経った今でさえ、全てを学び終えてはいないのだから。

 だが大病を患ってしまった父上には、少しでも楽に生活できるようにと領地でゆっくり静養してもらうべきだという意見には、誰一人異論を唱えることはなかった。

 本人も「これ以上執務の続行は不可能だ」と宣言した上での継承だったので、わざわざ誓約書を作成させて例外的に周囲に認めさせたのだから、相当だろう。


(たとえ病が完治したとしても、復帰はしない。父上はそれだけの覚悟を持って、私に執務の全てを委ねたのだから)


 その期待にも応えたいが、何よりもこの国の運営を滞らせるわけにはいかないからこそ、必死で食らいついてきた。

 その甲斐あって、今では反対の声も一切聞こえなくなったのだから。父上の選択は、間違っていなかったと言える。

 だが。


(常に気を張っているせいか、それとも体を休める方法を忘れてしまったのか)


 原因は不明だが、段々と眠りが浅くなってしまって。

 今では限界を迎えてから、気を失うことで強制的に体を休めることしかできなくなってしまった。

 屋敷の外では一切知られていない事実ではあるが、さすがの私もこのままでいいとは思っていない。

 ただ同時に、執務の効率化が(はか)れていないと感じることも多いので。結局眠れないのであればと、机に向かって資料を手に取ってしまうことが多いのも事実だ。


(私自身の経験不足が響いているな)


 実際に父上ならば、同じ量の執務を時間内にこなせていたのだから。

 マッテオの存在はありがたかったが、私が成人した際に本人も口にしていた「あくまで補佐でしかありません」というのも、謙遜でも何でもなく。

 領地の経営とは違い、国の運営の書類は全て宰相である私が、必ず目を通す必要がある。

 そしてそのためには、その書類の是非や不備を見抜くための知識も必要となるのだ。


(まだまだ、知識も足りていない)


 だからこそ、慣れている書類以外では多くの資料が必要となる。

 特に最近では水害対策についてという、新たな問題が発生しているのだから。必死で過去の資料と向き合うしか、解決法はないのだ。


(だが、久々に気絶以外の形でゆっくりと眠れたからか。体調も良いが、頭が冴えているような感覚もあるな)


 夕食のメインの最後のひと欠片を、フォークで口の中へと運びながら。今度は今日の出来事を振り返る。

 途中までは執務を続けていたのだが、飽きてしまったのか寂しくなってしまったのか。理由は定かではないが、珍しくエリザベスが邪魔をしてくるものだから。


(つい、甘やかしてしまった)


 だがそのおかげで、ゆっくりと体を休めることができたのも事実。

 そう考えると、エリザベスには感謝しかない。


(……だが同時に、飼い主が名乗り出てこないのも気になるな)


 私の目の前に、食後のデザートと紅茶が用意されるのと同時に。それまで、おとなしく部屋の隅で座って待っていたエリザベスの目の前に、専用の食事が用意される。

 基本的に犬は肉食だというが、毒となる食べ物さえ与えなければ、人間の食事と同じものを与えても問題はないのだそうだ。

 とはいえ、さすがに味付けは一切していないようだが。


(これだけ賢ければ、自ら主人の元へ帰ることもできたのではないだろうか?)


 それがなぜかあの日、雨の中路地裏へと向かう背中と、垂れ下がった尻尾が見えて。

 貴族でなければ手に入れられないような珍しい犬種であったことと、あまりにも汚れが少なすぎる美しい毛並みから、迷い犬だろうと判断して。

 あの場に放置して、万が一王都の市民に被害が出てはいけないと考え、連れ帰ってきたのだが。


(どれだけ待っても飼い主が現れないことを考えると、迷い犬ではなかった可能性も視野に入れるべきか)


 たとえば、貴族ではなく商人の商品だった、と考えれば。まだ飼い主が決まっていない、もしくは引渡し前だったから、などの理由も思いつくのだが。

 その場合、これだけ頭のいい犬が勝手に逃げ出すとは考えにくい。

 ただし、劣悪な環境下に置かれていたのでなければ、の話ではあるが。


(毛並みの良さから見れば、考えにくいことではあるとはいえ)


 商人に引き渡されてすぐに逃げ出してきたのだとすれば、ないとは言い切れない。

 美味しそうに肉を頬張る姿からは、そんな苦労は微塵も感じ取ることはできないが。こればかりは、想像することすら困難だろう。


(正直な話、今ほど犬と会話ができたらと願ったことはないな)


 叶わぬ願いを抱いたところで、無駄でしかないことはよく知っているので。

 子供のような考え方は、なかったことにして。大人らしい方法で、もう一度しっかりと調べ直してみようと決意して。

 私はそっと、ティーカップを手に取ったのだった。



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