30.ちゃんとした休日
「ん……」
小さな呟きと、次いで聞こえてきた柔らかな吐息に、私の耳は鋭く反応を示す。
これはおそらく、目覚めの合図なのだろうと。そう考えて、目を開けてエドワルド様を見上げれば。
「……眠って、いたのか」
瞼の縁を彩る長い睫毛が、そっと持ち上げられたのち。目だけであたりを見渡してから、意外そうに落とされた呟き。
私が知っているだけでも、これだけ長い間眠っていたエドワルド様の姿は、確かに見たことがなかったから。
そう考えると、本人が一番驚いているのかもしれない。
「エリザベス……。まさか、ずっと側にいてくれたのか?」
「わふぅ」
返事をしてから、あくびと同時に体を伸ばす。
さすがに長時間同じような体勢で寝ていたので、体のあちこちが硬くなっていた。
「そうか。……お前は本当に、賢い犬だな」
「わふぅん」
ソファーから降りて、足元でお座りをする私の頭を。エドワルド様は、いつものように優しく撫でてくれる。
これがとても気持ちよくて、実は最近の一番のお気に入りだったりする。二番目は、ボール遊びだろうか。
「随分と、外が暗くなってきているな」
「わふぅ」
「どうやら、だいぶ長い間眠っていたらしい」
「わふ!」
エドワルド様の言葉に、その都度相槌を入れる私に。小さく、笑った気配がしたと思ったら。
「さすがに、今から執務を再開するわけにはいかないな。私は湯浴みをしてくるから、そのあとに食事にしよう」
「わふん!」
食事という言葉が出てきたので、思わず反応してしまったけれど。
どうやら今日は、ちゃんとした休日にしてもらえたみたいだと。エドワルド様がディーノさんを呼んで会話をしている時に、ようやく実感した。
「書類に関しては、またあとで考える。先に湯浴みと夕食を」
「かしこまりました。では用意させますので、まずは談話室にてお目覚めの紅茶などいかがですか?」
「そうだな。もらおう」
そのまま移動を開始する二人に、私も素直についていく。
もはやお屋敷の中では、私がエドワルド様の側にいることは当然のようになっていて、誰も何も疑わない。
なのでそのまま、談話室の中に私がいることにも。誰一人、疑問を抱くような人はいなかった。
「お顔の色が、だいぶ明るくなられましたね」
「朝よりも随分と体調はよくなったな」
むしろ、ディーノさんが給仕をしているのに。どうして普通にマッテオさんが談話室にいるのか、私のほうが疑問に思ったほどだ。
「いつぶりでしょうか? エドワルド様がしっかりと睡眠をとってくださるなど」
「私自身、あまり覚えていないな」
「ですが、安心いたしました」
とはいえ、主人の体調管理という点を考えれば、マッテオさんが気にするのは当然のことだし。
そもそも普通に様子を見に来ているのだと考えれば、まぁ確かに不思議ではない。
「まさか、夕方までしっかりと寝てしまうとは思わなかったがな」
「よろしいではありませんか」
あと、ちょっと面白かったのは。
「まぁ、たまにはこういう時があってもいいな」
紅茶のカップを手に取って、そんな風に口にしたエドワルド様に。
「いいえ、エドワルド様」
「たまにではなく、いつもこうであっていただきたいのですが」
マッテオさんとディーノさんから、一斉にそう否定された瞬間。
珍しく、少しだけ苦笑いをしていたエドワルド様が。誤魔化すように、紅茶を口に含んだ姿を見れたことだった。
(エドワルド様でも、こういう分かりやすい誤魔化し方するんだなぁ)
なんて、一人そのやり取りを見ながら思っていたなんて。
きっと誰も気付いていなかっただろう。




