26.寝てもらいたい
そうしてここ数日で、誰にとっても当たり前の光景になっているであろう、エドワルド様の後ろをついていく私の姿。
初日に大型犬だと言われた理由が、冷静になった今なら分かる。確かにこの目線の高さは、小型犬ではあり得ない。
(そういえば、自分の姿を確認したことってなかったなぁ)
鏡さえあれば、中身は人間なので認識することは可能なはずなのだけれど。
さすがの公爵家といえども、あちらこちらに鏡があるわけではないから。私は今も、どんな姿の犬に変えられたのか、知らないままだ。
知ったところで何ができるわけでもないので、必須ではないから気にもしていなかったが。
(毎日ブラッシングしてもらったりしているし、どんな風になっているのか見てみたい気もする)
明らかに貴族の飼い犬だろうと思われていたところからして、珍しい犬種か優雅な見た目の犬種か。
いずれにせよ、機会があればぜひとも知りたいところではある。
「まだ数は少ないですが、エリザベス用のおもちゃ箱を用意させました」
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にかエドワルド様の自室についていたらしい。
寝室の部屋の扉を開けながら、ディーノさんがベッド脇に置かれている、布張りの箱を手で示す。
「念のためいたずら防止にと、蓋つきになっているそうです」
「なるほど。私が出してやらなければ、遊べないようになっているのか」
「はい。ですので、必要な際には随時用意する必要はございますが」
「構わない。場合によっては、蓋さえ開けておけばいいのだろう?」
「おっしゃる通りです」
確かに普通の犬であれば、遊んで欲しくない時に取り出してしまう可能性もある。
特にエドワルド様がせっかく眠りについているのに、勝手に遊び始めて起こしてしまっては、意味がないから。
(まぁ私は夜は、しっかり寝たい派なんですけどね)
とはいえ、エドワルド様に寝てもらいたいと思うのは、私も同じだから。
ここではおとなしく、私は寝るためだけにここに来ましたという姿を見せておく。
「……エリザベスは、すでに寝る準備を始めているな」
「寝室だという認識があるのでしょうね」
ふっかふかのソファーに飛び乗って、眠るのにいい態勢を探す。
意外とこれが大事で、ここで睡眠の質が変わると言っても過言ではないかもしれない。
(……いや、過言だったかも?)
だがまぁ、そんなことはともかく。
あちらの二人は、会話を続けながらも準備を進めていて。
私が気がついた時には、エドワルド様はしっかりと寝間着姿になっていた。
と同時に、初めて見るエドワルド様のあくびも目撃した私は。
(これは……いける!)
今日こそはと、確信した。
「それでは、お休みなさいませ」
「あぁ」
しっかりと明かりを消して、扉の向こうへと消えるディーノさん。
「お休み、エリザベス」
「わふふぅぅ」
そして直後に聞こえてきた声に、私も少しだけあくび交じりで答える。
それに少しだけ、エドワルド様が笑った気配がしたけれど。
(今日こそは、見届ける……!)
疲れて眠くはあるけれど、ちゃんと寝てくれたことを確認すると決めていた私は、ジッとエドワルド様がいるベッドのほうを見つめて。
時折首がカクンと揺れること、数回。
ほどなくして聞こえてきた、静かな寝息に。今日こそは眠ったのを見届けたぞと、達成感でいっぱいだった私は。
そのまま自分も、夢の世界へと旅立っていたのだった。
けれど、実は。
朝方、早くに目が覚めてしまった私が確認した時には。
エドワルド様はすでに起きて、隣の部屋で仕事を始めていたというオチが待っていることを。
この時の私は、まだ知らないのだった。




