24.引っ張り合い
そうして訪れた、お出迎えの時間。
「いい子にしていたか? エリザベス」
「わふん!」
いい子どころか、一日のほとんどを寝て過ごしていた私は、元気よく返事をする。
そのままお行儀よく座って、期待に満ちた目を向ければ。
「エドワルド様。おそらくエリザベスは、昨日と同じように遊んでもらえると思っているのでは?」
一緒に出掛けていたディーノさんが、そう援護してくれる。
実際、その言葉を待ってました! 状態の私は、エドワルド様の後ろから現れたディーノさんに向かって。
「わぉん!」
その通りだとでも言うように、短く吠えた。
その一連の流れを見て、どうやらエドワルド様も私の意思が伝わったらしい。
「なるほど、そうか。昨日の一回だけで、覚えてしまったのか」
なんて、嬉しそうに呟くと。
「お前は賢いな」
私の頭を、その大きな手で優しく撫でてくれる。
それが気持ちよくて、思わずうっとりとしていたら。
「せっかくですから、本日購入した商品をさっそく使ってみてはいかがですか?」
ディーノさんが購入品のおもちゃを、エドワルド様に差し出していた。
それは太めの紐で編まれた、ロープのようなもので。先端がそれぞれ固く結ばれているのは、紐が解けないようにするためなのだろうか。
(それとも、そこを手で持って投げる、とか?)
どうやってこれで遊ぶのか、予想がつかなくて。
ジッとそのおもちゃを見つめていると、ディーノさんがロープの先端をこちらに垂らすようにして差し出してくる。
「店の従業員に確認したところ、これは人と犬が引っ張り合って遊ぶものらしいですよ」
「わふ?」
今の言葉はたぶん、エドワルド様だけじゃなく私にも向けて言っていたのだと思う。
その証拠に、ディーノさんは私がロープに噛みつくのを促すように、ちょんちょんと動かしているから。
そして私も犬の本能なのか、目の前でゆらゆらと揺れるそれをつい、目で追ってしまって……。
「わふ!」
気がつけば、しっかりと結び目あたりを咥え込んでいた。
そのまま首を左右に振ったり、思いっきり引っ張って見たり。
(な……なにこれ! 楽しい!!)
昨日のボール遊びもとても楽しかったけれど、これはこれで別の楽しさがある。
走り回るだけが楽しい遊びではないのだと初めて知って、思わず喜びを全身で表してしまっていたようで。
「エドワルド様、見てください。エリザベスがこんなに嬉しそうに尻尾を振っていますよ」
自覚はなかったけれど、どうやらふさふさの真っ白な尻尾を、ブンブンと振り回していたらしい。
その様子を見て、エドワルド様も思わず笑みがこぼれてしまっている。
「これは、部屋の中でも十分に楽しめそうだな」
「昨日のボールも楽しそうに追いかけていましたが、晴れた日の明るい時間でなければ難しい遊びですからね」
私との引っ張り合いを続けながらも、エドワルド様にそう返すディーノさん。
そして実は、私もディーノさんもしっかりと腰を落として、結構強い力で引っ張り合っているから。
(これで長時間遊べば、結構体力を消耗するのでは?)
そう考えた私は、一度引く力を緩めてから口を開いてロープを離して。
「わふん!」
エドワルド様に向かって、期待を込めた視線を向けながらひと声。
この状況下ならば、言葉なんてなくても何を要求しているのかなんて、ひと目で分かるはず。
実際エドワルド様は少しだけ苦笑していたけれど。
「エリザベスが望むのであれば、仕方がないな」
そう言って、ディーノさんからロープをもらう。
そこからは、私とエドワルド様との真剣勝負。
先に手、もしくは口を離したほうが負けとばかりに、二人で何度も引っ張り合う。
いつも机に向かって仕事をしているエドワルド様だけれど、意外と力は強いようで。
(本気なんだけど~~!)
思いっきり姿勢を低くして、前足をしっかりと突っ張りながら引っ張ってみるものの。
(びくともしないーー!)
ここで首を振ると、先ほどから楽しそうに笑ってはくれるけれど。決してロープから手を離さない所をみると、想像していたよりもちゃんと大人の男の人なのだと実感する。
そして私も、かなりの全身運動になっているのか。段々疲れてきているのが、自分でもよく分かって。
(もう限界かも~)
どのくらい遊んでいたのかは分からないけれど、差し込んでくる陽の光が傾き始めているのを見ると、結構な時間が経っていたようだ。
さすがにこうなってくると、私のほうが先に限界を迎える。
「わふぅ~」
はしゃぎ過ぎたのもあって、なおさら早く疲れてしまったのかもしれない。
急にロープを離して、エドワルド様にケガをさせるわけにはいかないから。ゆっくりと力を弱めてから、そっと口を開いた。
「満足したのか?」
「わふ」
むしろ遊び過ぎました、という気持ちを込めながら返事をすれば。ふふっと小さく笑みをこぼすエドワルド様。
そのまま私の頭を優しく撫でながら。
「着替えて準備をしてくるから、その間お前は休んでいればいい。戻ってきたら夕食にしよう」
そんな風に、言ってくれるから。
「わふん」
その手に自分から頭を擦り付けながら、待ってますの意味を込めて小さく鳴いておいた。
結構お腹もすいたので、早く戻ってきてくれると嬉しいなと思いながら。




