22.目の下のクマ
(やってしまった……)
人間の姿だったら、今確実に頭を抱えていただろう。
というか、犬の姿でも頭を抱えているから。
寝起きでつい、人間のような仕草をしてしまったけれど。誰にも見られていない状態だから、まだよかったと思いたい。
(いやいや、そうじゃなくて)
もしかしたら昨日のアレは夢だったのかもしれないと、目が覚めてすぐにベッドへと目を向ければ。
そこには当然、エドワルド様の姿はなく。
そして向こうの部屋から、昨夜聞いたものと同じ紙をめくる音と、ペンを走らせる音が聞こえてくる。
(というか、まだ暗い時間に仕事してた気がするのに)
外が明るくなってきたこの時間になっても、まだ仕事をしているということは。
事前に部屋に持ち込んでいたのか、それとも夜中執務室から書類の束を持ち出してきたのか。
(どちらにしても、結局ちゃんと寝てもらえなかったことに変わりはないんだよなぁ)
昼間の運動が、まだまだ足りなかったのか。それとも、それだけ睡眠をとるのが難しい体質なのか。
本人がそれで問題がないのであれば、まだいいのだけれど。
(目の下のクマがなぁ)
日に日に濃くなっていっているように見えるのは、きっと私の気のせいなんかではないと思うから。
(いい加減、本当にどうにかして寝てもらわないと)
とはいえ、じゃあどうやって? と考え始めると、答えは出なくて。
一人で頭を抱えながら、う~んと唸っていたら。
「エドワルド様!?」
扉が開く音と同時に、突如聞こえてきたディーノさんの驚いたような声。
まぁ、気持ちは分からなくもない。寝ていると思っていたはずの人物が、しっかりと起きて仕事をしているのだから。
扉をノックする音が聞こえなかったのは、主がそこにいるとは思っていなかった証拠なのだろうし。
「何をしていらっしゃるのですか!?」
「見て分からないのか?」
「そうではなく! どうして起きて机に向かっていらっしゃるのですかと聞いているのです!」
うんうんと、これまた一人で頷く私。
本当に、ディーノさんの気持ちはよーっく分かる。
「眠れなかったからだが?」
「眠れなかったって……いつからそうしていらっしゃるのですか!」
「さあな。時間は確認していないから分からない」
「分からないような時間から、机に向かっていらっしゃったということですよね!?」
相手は主とはいえ、咎めたくなる気持ちは分からないでもない。
そもそも眠るために寝室に向かったはずなのに、朝になってみれば仕事をしていた、なんて。予想外にも程がある。
「着替えていないから、お前の仕事は残しているぞ?」
「確かにそうですが! 以前のようにお一人で全てこなされていらっしゃらないだけ、大変ありがたくはありますが!」
そのやり取りを聞いて、
(あ、自分一人で全部できちゃうし、やっちゃったことがあるんだ)
と思ってしまった私は、抱えていた頭を上げて、扉の向こうのディーノさんへ憐れみの視線を送る。
ここで同情するなというほうが、どう考えても無理な話だろう。
(というか)
本当に、どうやったらエドワルド様にちゃんと寝てもらえるのか。
これは本気で対策を考えなければならないなと、一人気合を入れてふんすと鼻を鳴らしたのだけれど。
「あぁ、エリザベス。起きていたのか」
寝室に戻ってきた、寝間着姿にメガネをかけただけのエドワルド様に。
「ちょうどいい。朝食にしよう」
そう、声をかけられて。
「わふん!」
思わず元気よく返事してしまった私は、思った以上に犬化が進んでいるのかもしれない。




